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八巻綾一『Float In The Garden』(QAZZ-018)

3,080円

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個人的な動機として、八巻綾一さんの奥底を見てみたいと思った。アメリカはボストンのBerklee College of Musicを優秀な成績で卒業し、現在は国内を中心にテレビや舞台、ビッグバンド等の現場に引っ張りだこのマルチリード奏者である。 2023年9月、QAZZレーベル主催で3人のアルトサックス奏者をフィーチャーしたCharlie Parkerのトリビュートライブを企画した。八巻さんの演奏はあるビッグバンドのリードアルトとして断片的に聞いた限りだったが、10年近く前のライブながらも鮮明に記憶に残っていた。3人アルトのライブでは、ConfirmationやYardbird Suiteのなど代表的なバップチューンの中に、奥底に何か隠し球を持ってそうなフレージングと構成力を印象付けた。ある瞬間、本人は無意識だと思うが、フッとEric Dolphyっぽいフレーズが登場し、閃いた。私自身、Dolphyはジャズの入口の一つであったため、トリビュート的なアルバムを作ってみたいと思っており、八巻さんに提案してみたらどうかな、と。Dolphyのトリビュートは意外とない。 QAZZはプロデューサーの企画介入が比較的強いレーベルであり、当初はDolphy一色で進めようかと思っていたのが、実際に提案し話し合っていくうちに、今回ばかりは八巻さんの好きなようにやってもらうのがベストかと思うようになった。 ただ、創作とは往々にしてそうだが、多少の制約があった方がクリエイティブとなる。しばしば「ジャズは自由な音楽である」と聞くことがあり、それはアドリブはもちろんテーマのアプローチにさえも演奏者の裁量が許されるゆえであろうが、言葉通りの自由になってしまうと、それは創造とは言えなくなる。 お金も時間も思い通りに与えられ、何でも好きにやって良いような場に置かれると、ほとんどの人は人生破滅に追いやられることも想像に難くない(実際どこかの芸能人の息子とか…)。もちろん手足をがんじがらめに縛った状態に自由を見出すことはできないが、ある程度の制約を乗り越えるところに「真の自由=クリエイティブ」が生まれるものだ。 その意味で「軽いDolphy縛り」はクリエイティブに多少の貢献はあろうと思ったが、八巻さんにとってそんな縛りは大きなお世話だったようだ。「好きにやってください」と言われた瞬間、彼の頭にあったのは「いかに制約を課すか」というミッションだったようだ。 ジャズの歴史は意外と長く、100年以上前、クレオール文化発祥のトラッドに始まり、スイング、バップ、フリー、フュージョンとそれなりの変遷をたどっている。八巻さんが課した制約の一つがまずこれ。 「ジャズとは変化するもの VS 留まるもの」 ジャズはその歴史において、特にMiles Davisというアイコンを中心に、確かなスタイルが存在していた。ただ、過去を振り返らぬ男と言われたMilesも、その晩年、酔狂に一度だけ昔馴染みの顔ぶれと演奏したことがあったが、ほどなくして「巨星落つ」のニュースと共に、皮肉にもそれがジャズの終焉を象徴したかに見えた。 しかしジャズという音楽は、レコード店内のシェアは相対的に縮小するものの、今もなお街中で聴かれぬ日はないし、日本国内でもジャズを専門的に教える大学が増えたり、ジャズを題材とした漫画や映画が人気を博すなど、むしろ社会への浸透度は高まっていると思われる。 クラシックの愛好家がMozartとShostakovichを日替わりで聴くように、Hank JonesとRobert Glasperを同列に聴くことも決してマニアックではない。つまり「ジャズ=クラシック」として一つの成熟に達したと前向きに考えられる一方、これ以上の「変化」は本当に見られないのか、という疑問も残る。 そんな疑問に一欠片でも答えを導き出す。それは「何か新しいことをやりたい」など、およそどんなジャンルにも存在する、中途半端な演者から出がちなスローガンでは決してなく(新しい笑い、新しい味など)、音楽史に対する深い理解、作曲力、楽器を鳴らす技術を極限にまで獲得した八巻さんだからこそ挑戦できる制約ではないかと思った。 原曲がわからぬほどに抽象化し、32分音符のキメが散りばめられた高難度な編曲を施すのか、サックスのキーをカチャカチャ鳴らすだけで「これが僕のジャズです」と開き直るのか、いろんな表現方法が許されるのも音楽の懐の広さとは言えるが、私が思うに、音楽とはまず「聴いてて心地よくなきゃ」ってのがある。そこは本レーベルのプロデューサーが課した唯一の制約であろうが、出来上がったアルバムを聴いて、そこは当然の大前提であったことがわかる。 ところで、『BLUE GIANT』という漫画の中で、日本とヨーロッパで頂点に立ち、次にアメリカ西海岸から車で東に進む過程でも確かな痕跡を残した主人公が、ニューヨークに辿り着いた瞬間、演奏の仕事がまったくなくなる、という描写がある。漫画ならではの誇張はあろうが、今もなおジャズの最先端は東海岸(ニューヨークやボストン)にあることは間違いない。 八巻さんはその東海岸で研鑽を積み、活動する中で、例えばBerklee時代にはGeorge Garzoneに師事し、さらに同校の選抜バンドメンバーとしてMaria Schneiderと共演したりなど最先端の音楽に触れ続ける一方、McCoy Tynerをはじめとする伝統的なジャズをもしっかりと吸収してきた。 「今回のアルバムを今の東海岸に出すと、どんな反応が得られそうですか?」 率直に質問してみたところ、そればかりはもちろん出してみないとわからないだろうが、世界の先端を突っ走っている当時の仲間たちをして「Ryoichiがどんな作品を出すのか楽しみにしている」と言わしめるほどの期待値にはすでに達している。 本アルバム『Float In The Garden』は全10曲・全70分と盛りだくさんに膨れ上がったが、スタンダードのEpistrophy、On Green Dolphin Street、All The Things You Are以外はその場の即興、書き下ろしを含め、すべて八巻さんのオリジナルである。 1.藍色の夕暮れ 夕暮れと聞いて真っ先に思い浮かぶ色彩は、大抵はオレンジなど暖色系であろうが、夜との狭間に藍色が広がる一瞬がある。そんな刹那な情景を音にした、本アルバムのための書き下ろし。 冒頭はスローにピアノとのデュオに始まり、徐々にリズムセクション、トロンボーンが入り、一瞬の静寂からドラムのフィルインと共に堂々とした三次元へと移り変わる。 16ビートに乗りピアノが長いソロを繰り広げた後、フロント2管のユニゾンによるアブストラクトなテーマが奏でられる。バース交換によるそれぞれのソロの後すぐにテーマに戻ったと思ったら勢いでサックスが最後まで突き抜ける。フェンダーローズがさらなる色彩を与え、全体としての情景感を際立たせる。 アルバムの曲順も八巻さんによるもので、これを一曲目に持ってきた主張をリスナーはどこまで受け止められるだろうか。流れとしてはシンプルに見えるが、おそらくは緻密に計算され尽くした八巻イズムをキャッチすべき、アルバムの性格を象徴する一曲と言えよう。 2. Epistrophy Eric Dolphyのライブ録音『LAST DATE』にも取り上げられるThelonious Monkの手による有名な曲。冒頭のフリーキーな出だしはDolphyへのオマージュか。ピアノによるJアラートのようなイントロから、2管のテーマ。実際のメロディはトロンボーンで、アルトサックスはオブリガードというより、もう一つのテーマを奏でるかのよう。 どうやらアルバム全体を通して八巻さんは「二つの世界」を表現したいのではないかと思う。全体的には先述の通り「旧と新」の対立軸を制約に置いており、「藍色の夕暮れ」では「暖と寒」が同居するようなアンビギュアスな世界。このナンバーでもトロンボーンが常識、サックスが非常識のような対立が見られるが、不思議な具合に違和感なく共存する。そもそも世の中もそんなものだ。混沌があるから調和がある。 3.On Green Dolphin Street Eric Dolphyはそろそろハードバップから脱却する直前のアルバム『Outward Bound』ではバスクラリネットを吹いている。それだけでもかなり前衛的な響きがあったが、そもそもは手垢のついたスタンダードである。 アルトサックスのテーマは冒頭から調性を逸脱しており、音列にのみ原型をとどめる程度で、正直聴き手を不安にさせる。Jアラートの延長か?トロンボーンがオーソドックスにテーマを奏でたところで少しホッとし、サックスも虫が木の幹に戻るがごとき正気を取り戻し、サビでようやくと安堵が訪れる。しかしいつまた狂うかわからない緊張が最後まで続き、結局、不安感が払拭されることはない。不安と安心の混合であろうか。 4.Intermezzo1 ドラムの則武諒さんとのデュオ。八巻さんいわく「Intermezzo=箸休め」であるが内容自体は容赦ない。八巻さんはテナーに持ち替え、その場の完全即興を繰り広げる。しかし意外や、八巻さんのソロはかなり構成的で、抑制的ですらある。スタンダードのような題材があると脱却を試みようとするが、「自由」を与えられるとかえって内側に向かう。則武さんのドラムもフリーになり切らずに、サックスの音をしっかり聴きながら支えている。 5.All The Things You Are 次はピアノの津嘉山梢さんとのデュオ。スタンダードのAll The Things You Areであるが、そもそもコード進行に制約の多い曲であり、実際、ピアノのコンピングだけでもこの曲だとすぐにわかる。事前のアレンジもなく、完全なる即興に挑戦しているが、なぜかテーマもコードもない先ほどのIntermezzoよりも自由度が増して聴こえる。 ドミナントモーションを繰り返すだけでもそれなりになるが、そこに意味はない。しかしコードを無視してしまえばAll The Thingsを選んだ必然性も消える。「ツーファイブを意識せずAll The Thingsをやれ」とは普通は無茶振りになるところ、あえてそんな地獄に飛び込むあたり八巻さんだろうと周囲は苦笑するところ。しかしそれがかえって翼を与える結果になるものだ。 6.Spatial All The Things You Areのイントロのようなクラリネットで始まるが、一曲だけ土井徳浩さんにご参加いただいた。Spatialとは「空間的な」という意味であるが、まずは何もない空間からクラリネットとサックスが対話を始め、おもむろに3管ユニゾンにてテーマがスタートする。Eric Dolphyが5年長生きしてブルースを演じたら? クラリネット、トロンボーン、サックスとソロが受け継がれるが、バックは淡々とリズムを刻むのみ。まさに「空間は与えたので好き勝手にどうぞ」と言いながら、徐々に欲情を抑え切らずに解体へと突き進む一歩手前でテーマで日常に戻る。 7.35℃ アメリカ在住時に書き、何度も演奏した。「35度」とは気温にしては暑すぎるが、体温にしては冷たすぎる、そんな両義的な意味を持つ。実際、ボストンの街を歩いている時、暑い中で冷っと感じたところで生まれた曲。 当時の八巻さん自身を象徴するような曲で、日本とアメリカの音楽的アイデンティティを揺れ動く様子がうかがえる。いかにもコンテンポラリージャズに分類されそうな、本アルバムとしては比較的耳馴染みの良い一曲? 8.Sixteen Years 日本に帰ってきて16年目の書き下ろし。これまで最も影響を受けた演奏家の一人であるGeorge Garzone氏のThe Fringeと同じベースとドラムのみのコードレストリオ。この編成で真っ先に思い浮かぶのはSonny RolinsのVillage Vanguardのライブ録音であろうが、その二種に連続性はなく、八巻さん自身もまったく意識してない、とのことだった。聴くと、確かにそうだ。 ベースのアルコと共にルバートで空間的なテーマを奏で、そのままの雰囲気でインプロビゼーションが繰り広げられる。ピチカートに移行した後も三者による自由な対話が進み、一旦、サックスが退いたと思ったら、突然、牧歌的なまでのメロディがサックスにより歌われる。「帰ってきたよ」って声が聞こえた気がした。 9.Intermezzo2 二つ目のIntermezzoもまたドラムとのデュオ。3分ばかりの短いインプロビゼーションであるが、息をも許さぬ「美」を私は感じた。箸休めと言わず、この3分間に何を感じ取るであろうか? 10.Float In The Garden アルバムのタイトル曲。そのまま訳せば「庭園に浮かぶ」であろうが、中森健司氏によるジャケットデザインが解釈にヒントを与えてくれるだろう。スローなイントロから、ようやくとアップテンポの4ビートが顔をのぞかせる。 ベースに続くサックスとトロンボーンのソロは「いかにもジャズ」「ようやくジャズ」という展開で聴き手をホッとさせるが、コード進行は実に複雑で演奏者泣かせではあろう。 FloatとGardenもまた相反する概念であると言え、八巻さんの中で永遠と揺れ動く「両極」が音になり、アルバムのコンセプトをしっかりと印象付ける。 正直、ライナーノーツを書くにあたり、1時間ほどインタビューはしたものの、なかなか筆が進まなかった。何度も何度も音源を聴きながら、そのたびに新たな発見があり、それを言語化するのに自分なりに時間と労力を要したかもしれない。文章は多少なりとも鑑賞の助けにはなろうが、これが正解では決してない。1年後にはまた違った言葉が出てくるであろうが、これ以降のライナーはそれぞれの聴き手に委ねたいと思う。 最後にメンバーについて。ドラムの則武さんはアメリカ時代から付き合いは長いが、このアルバムのために八巻さん自身が1から集めた顔ぶれとのこと。ピアノトリオにサックスとトロンボーンは奇をてらわない往年のハードバップ的な編成であるが、八巻さんの曲とアレンジを音にする上で、かえって新しくも聴こえた。 トロンボーンの駒野逸美さんは現在、昭和音楽大学で教鞭をとり、後身の育成に勤めると共に、若手実力派として引っ張りだこの奏者である。清水昭好さんはほぼ独学で楽器をマスターした今時は珍しいジャズ研出身のベーシストであるが、作曲にも定評があり、オリジナルを集めた『Satya』をリリース。ピアノの津嘉山梢さんはジャズピアニストとしてキャリアをスタートさせながら、東京藝術大学作曲科にて現代音楽を極める才人である。則武諒さんはBerklee卒業後、The William Paterson University of New Jerseyで修士号を取得し、あらゆるジャンルで活動している。ゲストの土井徳浩さんはQAZZでは『ひとりごと』など数枚に参加している。 1.藍色の夕暮れ / 八巻綾一 2.Epistrophy / Thelonious Monk 3.On Green Dolphin Street / Bronisław Kaper 4.Intermezzo 1 / 即興 5.All The Things You Are / Jerome Kern 6.Spatial / 八巻綾一 7.35ºC / 八巻綾一 8.Sixteen Years / 八巻綾一 9.Intermezzo 2 / 即興 10.Float In The Garden / 八巻綾一 Alto & Tenor Sax : RYOICHI Yamaki 八巻綾一 Trombone : ITSUMI Komano 駒野逸美 /track 1,2,3,6,7,10 Piano & Rhodes : KOZUE Tsukayama 津嘉山梢 /track 1,2,3,5,6,7,10 Bass : AKIYOSHI Shimizu 清水昭好 /track 1,2,3,6,7,8,10 Drums : RYO Noritake 則武諒 /track 1,2,3,4,6,7,8,9,10 Guest / Clarinet : TOKUHIRO Doi 土井徳浩 /track 6 Produced by HISATSUGU Ishida 石田久二 Recording Engineer : AKIHITO Yoshikawa 吉川昭仁 Mixing & Mastering by AKIHITO Yoshikawa 吉川昭仁 Directed by RYOICHI Yamaki 八巻綾一 Art Design : KENJI Nakamori 中森健司 Photo by NAO Yamaki 八巻奈緒 Recording at Studio Dedé, TOKYO, June 17, 2024

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