2024年3月にリリースされた阿部篤志によるソロアルバム『玉響』の続編となる『玉響Ⅱ』は、ボーカルの鳥居史子(McMystie)、クラリネットの鈴木孝紀、そしてヴァイオリンの鈴木睦美を迎え、さらに昇華した作品となった。曲によって編成は異なるが、すべての曲にピアノの阿部篤志が参加。楽曲は一部を除き、本作のために新たに書き下ろされたラインナップである。
前作同様、すべての曲に神仏の名が冠せられ、チャクラに対応する内容となっている。本作では、その意味をより明確に伝えるために副題を添えた。以下に示す曲目解説を通じて、アルバム全体の世界観や効果を理解し、鑑賞の一助としていただければ幸いである。
なお、聴き方に決まりはないが、一度は「最初から最後まで、ただ耳を傾ける時間」を持っていただきたい。第1チャクラ「稲荷大明神」から第8チャクラ「大日如来」まで、地球から宇宙へと流れるエネルギーが体内を確かに通過し、異次元の「自分」へと更新される体感を味わえるはずである。
1. 稲荷大明神 〜 神域を開く音の呼び水
まさに大地を揺るがすようなバスクラリネットの低音からスタートする。地球の内部、マントルに眠る微粒のエネルギーを一粒一粒拾い上げるように、ピアノの短音がバスクラリネットのうねりに絡み合う。
身体がまるで「管」のように共鳴し、神域への扉を叩き続ける。欲望を否定してはいけない。生きとし生けるものすべて、欲を出発点として命が繋がれ、宇宙へと循環する。ピアノとバスクラリネットは地球とあなたの中心をシンクロさせ、エネルギーが融合していくことを実感させるだろう。
演奏:阿部篤志、鈴木孝紀
2. 地蔵菩薩 〜 悲しみに寄り添う慈悲の歌
悲しみは過去を乗り越えるエネルギーとなる。囁くようなピアノの調べに、スペイン語によるポエトリーが同調する。過去、現在、そして未来を繋ぐ私が立つ場所に時間がある。神々を司る東西の接点から紡ぎ出された言葉。
地獄、悪霊、飢え、餓鬼、戦争、怒り、すべてのマイナスの感情は過去に置き去り、光へと昇華していく。悲しみは涙とともに解放される。すべての存在の理由は喜びにこそ通ずる。豊かさへの階段は今ここに用意されようとしている。
演奏:阿部篤志、鳥居史子
3. 不動明王 〜 燃えるような祈りの剣
不動明王は怒りの化身。クラリネットは闇を断つ剣、ヴァイオリンは背に燃ゆる火炎、ピアノは揺るがぬ金剛として、不動の三相が迷いを葬る。切る、燃やす、鎮める。そして坩堝の如く溶け合い一つになる。
不動明王の怒りは慈悲の現れ。あなたに不動明王が宿るとき、真に大切なものを守る勇気が芽生える。金、名誉、血筋、すべてはあなたの分身であり命。怒りを内から外に向け、自らを傷つけることなかれ。守るは愛、生み出すは未来。すべての望みを叶える準備がここに整った。有り余る豊かさがあなたの元にやってくる。
演奏:阿部篤志、鈴木孝紀、鈴木睦美
4. 観音菩薩 〜 すべてを包む許しと愛
クラリネットの優しい調べは、どこからともなく響いてくる。この大きな宇宙の中で、たった一人で佇む時間と空間に、過去と未来が交差し、愛のみがあることを知る。仮にあなたが道から外れても、罪を犯しても、すべてを蔑ろにしたとしても、あなたの両親が絶対的にあなたを愛したように、必ずどこかで許しの手が差し伸べられる。
調べに耳を傾けてほしい。いや、観てほしい。観音菩薩は、この宇宙に広がる音を常に観ている。どこかで嘆きや悲しみの声が聞こえてきたら、いつでも手を繋ぎにいく。調べを観たあなたもまた、観音菩薩のように人々を許し、宇宙を愛で包む存在となるだろう。
演奏:阿部篤志、鳥居史子、鈴木孝紀、鈴木睦美
5. 文殊菩薩 〜 叡智の光が差し込む瞬間
ピアノとヴァイオリンのためのロマンス。文殊の利剣は諸戯を絶つ。執着や煩悩をすべて断ち切ったところに見えるのは、絶対真理である「美」の世界。ここに地球上で最も美しい「3分」が完成した。宇宙はコスモス(調和)であるが、カオス(混沌)でもある。カオスからコスモスへの橋渡しをするのが、まさに論理(ロゴス)であり、すなわち文殊の利剣。
論理、理性、言葉。宇宙を理解するために、地球上で人間にのみ与えられた剣である。剣を磨くためには美に触れること。バッハがロゴスを発見し、モーツァルトがコスモスを育み、そしてシューマンがロマンスを完成させた。この3分であなたに文殊が宿り、光へと導かれるのだ。
演奏:阿部篤志、鈴木睦美
6. 弥勒菩薩 〜 未来を照らす優しい覚醒
過去も未来も存在しない。すべては幻想。しかし万物は流転する。宇宙は光を超える速さで膨張する。どこに向かうのかはわからない。今日より明日、何かが生まれている。しかしそれが何かは、明日になるまでわからない。
クラリネットとピアノによる瞬間的なインプロビゼーション、そして洪水のように流れ出る言葉の数々。すべては一瞬、今ここに生まれ、すぐにそれは過去となり幻想と化する。明日は明日の音がある。今はただ、耳を傾けていればいい。聞こえてくる音たちへの最大限の感謝とともに。
演奏:阿部篤志、鳥居史子、鈴木孝紀
7. 釈迦如来 〜 真理と光明が共鳴する
生を受けた人が、人としての最高の状態、それが悟り。なにもしなくていい。そもそも人は、なにもしたことはない。自分の力で生きているようで、それは錯覚。心臓が動いているのは宇宙の仕業、とまでは言わせないでくれ。そもそも他の動物よりも1年早く生まれ、1年は何もせずに長らえた。そのことを思い出せ。
悟りとは「差を取ること」と言った人がいる。あるがままの前に、違いも隔たりもない。悟りのメロディに身を沈めてみよ。今ここに、人として最高の状態が訪れた。いや、あなたはすでに最高なのだから。何もしたことがなくても、何かが生まれる。やりたいようにやればいい。その先にこそ光明があるのだから。
演奏:阿部篤志、鳥居史子、鈴木孝紀、鈴木睦美
8. 大日如来 〜 宇宙の中心がここに開かれる
宇宙の中心。ここに現れる音と言葉は今ここに生まれ、二度と現れることはない。たった一度の劇場。あなたの命もたった一度。そのすべては劇場に過ぎない。それを観ている観客もあなた。あなたは宇宙、宇宙はあなた。ひとつ。
4人の達人がまさに今、宇宙と共鳴し、ひとつになった音を観よ。その先に何を観るかはあなた次第。あなたの人生。完成を迎えた。
演奏:阿部篤志、鳥居史子、鈴木孝紀、鈴木睦美
編集後記に代えて
ここまでお読みいただき、いかがだっただろうか。いま私が書いた言葉も一瞬のもの。AIなど使ってはいない。音を聴き、観じ、その場で浮かんだ言葉を文字にしただけである。個人的にもっとも心惹かれたトラックは、第5曲「文殊菩薩」。前作『玉響』の「文殊菩薩」では幾何学的な旋律が循環し、メロディが交差する理知的・機械的な印象を与えたが、本作ではまるでシューマンのロマンスのようなデュオが立ち現れ、良い意味で裏切られた。
ヴァイオリンの鈴木睦美氏は、正統的なクラシック教育を受け、クラシック奏者として活動しながらも、即興演奏にも卓越する稀有な存在。第3曲のような超絶技巧を即興でこなす一方、第5曲にその真骨頂が発揮されている。
第6曲「弥勒菩薩」はアルバム中もっともジャズ的な色合いを持つトラック。鈴木孝紀氏のアドリブが冴え渡り、稀代のインプロヴァイザーとしての実力を示している。同時に、彼のクラシック奏者としての美質も随所に現れており、QAZZレーベルでのモーツァルト録音にも通じる美音がここにある。
同じ「鈴木」という姓を持つ二人が、クラシックとジャズを互いに越境するさまは、まるでシンメトリーを成しているかのようだ。
楽曲はボーナストラック「涙そうそう」と即興的に生まれた「大日如来」を除き、すべて阿部篤志氏の作曲による。第4曲「観音菩薩」は前作からの継承だが、それ以外は本アルバムのための新曲である。
ボーカルの鳥居史子氏(McMystie)はシンガーであり、黒人文化を本場で吸収したラッパーであり、さらに祝詞を奏上する巫女でもある。ポエトリーの多くはその場で即興的に紡がれ、言語も日本語、英語、スペイン語、倭言葉と自在に使い分けられる。「涙そうそう」ではウチナーグチ(沖縄方言)による歌唱が披露されている。
本作『玉響Ⅱ』は、阿部篤志氏のスケッチに3人の個性が重なり合い、瞬間ごとに異なる風景を立ち上げるアルバムとなった。聴き返すたびに新しい景色を見せ、聴き手の心境に応じて異なる表情を映し出すだろう。
前段でも述べたとおり、聴き方に制約はない。BGMとしても心地よい空間を生み出すが、一度は瞑想のように、最初から最後までただ耳を澄ませてほしい。何が起こるかは、聴いた人それぞれの内に開かれていく。
(石田久二)
1. 稲荷大明神 〜 神域を開く音の呼び水
2. 地蔵菩薩 〜 悲しみに寄り添う慈悲の歌
3. 不動明王 〜 燃えるような祈りの剣
4. 観音菩薩 〜 すべてを包む許しと愛
5. 文殊菩薩 〜 叡智の光が差し込む瞬間
6. 弥勒菩薩 〜 未来を照らす優しい覚醒
7. 釈迦如来 〜 真理と光明が共鳴する
8. 大日如来 〜 宇宙の中心がここに開かれる
9. 涙そうそう
阿部篤志 / ピアノ
鳥居史子 / 歌,祝詞,言葉(2,4,6~9)
鈴木孝紀 / クラリネット,バスクラリネット(1,3,4,6~9)
鈴木睦美 / ヴァイオリン,ヴィオラ(3~5,7~9)
企画:石田久二
録音・編集:芹澤薫樹
デザイン:菅原沙耶
Recorded at
中藤スタジオ / 2025年6月23日