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井高寛朗『Plays the Great Japanese Songbook』(QAZZ-017)

2,640円

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ジャズの本場アメリカにはAmerican Songbookなる名盤がいくつか存在する。代表的なところだとBillie Holiday、Carmen McRae、Frank Sinatra、Tony Bennettなどボーカルが中心だが、ギターのWes Montgomeryなども吹き込んでいる。 元はThe Great American Songbookとして、Cole Porter、George Gershwin、Jerome Kernなど、戦前から戦後にかけて流行った映画やミュージカルのヒット曲を何冊かに集めたものであり、それらは大半が今日のジャズ・スタンダードナンバーとして定着している。 アメリカという国が隆盛を誇った、まさに古き良き時代を想起させる名曲揃いで、日本人にとっても憧れの対象であった。「欲しがりません」と娯楽のほとんどを自粛におかれ、毎日の食事にもこと欠く時代、短波から流れてくる敵国の音楽に、ひっそり心を躍らせていた日本人も少なくなかったと聞く。 戦後、まさに富の象徴として一気に流入してきたアメリカの音楽を歓喜と共に受け入れ、同時に日本でもジャズブームが訪れた。アメリカ軍の施設を中心に、ダンスホールやキャバレーなど、ジャズを聴く、さらに演奏するステージも多かった。 1970年代生まれの私は当然、その当時のことをリアルに知るよしもないが、20代の青春時代、ジャズにどっぷりのめり込み、私にとってのGreat Songbookはまさにジャズのスタンダードであった。インターネットのない時代、ジャズ情報は主に雑誌とラジオ、アルバイト代はCDに消え、日がな一日Sonny RollinsやMiles Davisを聴きまくっていた。 しかしそんなジャズの洪水に溺れる毎日で、本当の意味での「青春」を呼びさます音楽は別にある。それがまぎれもなく日本の歌であった。その青春のソングは多くの同年代(もちろん親や子の世代もそれぞれに)の胸をキュンとさせ、体内の貯蔵庫から五感に連動した「思い出」を引きずり出す。その意味で、私にとって真のthe Great Songbookは、がっちり聴き込んだジャズ曲よりむしろ、テレビや街中で何気なく耳にする、時代時代を象徴する曲たちだったのかもしれない。 そこでQAZZレーベルではいつか「the Great Japanese Songbook」と題した一枚を発表したいと温めていた。2023年3月、本レーベルの12枚目、池川眞常さんの『旅立ち』を吹き込んだ際、ピアニストとしてご参加いただいた今回の主役、井高寛朗さんの演奏が非常に素晴らしく、その時からお願いしようと考えていた。『旅立ち』にしても、荒井由実、藤井風、その他ポップスなどコンセプトはかぶる。 個人的な話だが50歳を超え、人生も半ば過ぎたであろうが、今にしてつくづく思うのが「思い出」って大切だなってこと。物心ついて、中学、高校、大学、社会人といろんなステージを経験し、良いことも嫌なこともたくさんあった。しかし今にして振り返ると、すべては「良き思い出」として、今の自分の生きる原動力となっている。そんな思い出の一つ一つが、割と音楽とセットだったりする。つまり音楽は生きるエネルギー。このアルバムもたくさんの人のエネルギーになればと願いを込めて作った。 ピアニストの井高さんは私はよりちょっと下の世代かと思うが、今回の曲たちについて概ね共感的であった。井高さんはジャズ畑のピアニストと思いきや、それこそJPOPの有名人(GACKTさんとか)や、海外ではもはやフリー素材化してるマリオカートリックで有名な勝田一樹さんのバンド、トランペットの山崎千裕さんの全米・韓国ツアーなど、活動はワールドワイドでジャズにとどまらない。ポップスもお手のものであり、この手の企画もどハマりと思いお声をかけた。 選曲については全12曲中8曲を石田が、残り4曲を井高さんが選んだ。世代的にどうしても昭和・平成前期の曲に偏ってしまうが、いずれ「SONGBOOK II」はさらに若い人にやってもらいたいとも考えている。今回は特に1970年代生まれにとってまさに青春ソング。思い出に浸ってほしい。 1.ひこうき雲 ユーミンの曲を一つは入れるつもりだったが、名曲が多過ぎてかなり悩んだ。ならいっそ荒井時代の初期の代表作を。「ひこうき雲」は明るい曲調ながら、モチーフは同級生の死。そう思うと、明るいがゆえに悲しくなる。 「ひさかたの 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ」は古今和歌集から紀友則の歌だが、上の句で「のどかな春」の明るい情景を描き、その明るさゆえに下の句の「花の散る姿」の切なさが胸に来る。唱歌の「しゃぼんだま」も同じようなモチーフで、その背景はあまりにも悲しい、明るい曲調がゆえに強調される。日本人的な心情をユーミンは歌っている。 近年はジブリアニメの主題歌にもなり、若い人たちにもよく知られている。ユーミンの曲は音楽の教科書にも多く取り上げられており、全世代を通して人気がある。Japanese Songbookの冒頭に相応しいナンバーであろう。 ■歌 荒井由実/作詞 荒井由実/作曲 荒井由実 1973年 2.アイ・ラブ・ユー、OK 永ちゃんはその生き方やキャラが立ち過ぎて、音楽業界だけでなく広く社会現象としても存在感がある。実際、著書『成り上がり』は起業家のバイブルだったりもする(もちろん私にとっても)。しかし本来は歌い手であり、いい曲が多い。「アイ・ラブ・ユー、OK」は18歳の上京前に書いたものだが、プロダクションからのウケは良くなかった。 1999年の50歳バースデイライブで、この曲を歌いながら感極まって涙するシーンをYouTubeで見て、思わずもらい泣きしたのもかなり前だが、私もいつの間にか50歳に。何かと涙することは確かに多くなった。 ■歌 矢沢永吉/作詞 相沢行夫/作曲 矢沢永吉 1975年 3.オリビアを聴きながら 杏里のデビューシングルとして有名だが、作詞作曲は尾崎亜美であり、当然、本人の歌もよく聴かれるところ。オリジナルに敬意を表して「歌 尾崎亜美」とクレジットした。すでに半世紀近く前の曲だが、今もなお、多くの人にカバーされる名曲である。 「ジャスミンティは眠り誘う薬」の歌詞が印象的で、ジャスミンティの売り上げにも大きく貢献したであろう。多少のカフェインは鎮静効果もあるし、寝る前に飲むのも間違いではなさそう。ジャスミンティ(またはさんぴん茶)を口にした瞬間、この曲のメロディがこだまするのは私だけではないはずだ。 ■歌 尾崎亜美/作詞 尾崎亜美/作曲 尾崎亜美 1978年 4.異邦人 体験と曲は多くリンクする。例えば先の「ひこうき雲」を、彼氏できたばかりの絶頂に聞いていると、後年、死がモチーフの悲しい曲であるはずの「ひこうき雲」も「初めての彼の思い出」と変換されることは大いにあるだろう。 しかし「異邦人」は前体験もなく、曲名も知らずにメロディを聴くだけで、なぜか異国を思わせられる、気がする。確かにこの曲はシルクロードのテーマに採用されたものだが、採用以前にシルクロードだったものだろう。曲の絶対性の根拠。井高さんのアレンジで心を中東に。 ■歌 久保田早紀/作詞 久保田早紀/作曲 久保田早紀 1979年 5.いっそセレナーデ 意外にも井高さんはこの曲を知らなかったそうだ。まあ、そんなこともあろうが、実はこの曲はあるジャズスタンダードによく似ている、ことをタモリが看破した。枯葉だ。確かに枯葉のコード進行で歌うことは可能だが、陽水さん本人はパクリであることは否定している。 収録が終わってから井高さんにその話をしたら、その時にそうだと気付いたようだが、先に言わないでよかった。きっと枯葉になったであろうから。ちなみに私は学生時代、陽水さんの実家の近くに住んでおり、当時の陽水を知る人から話を聞いたことがある。中学生の頃、遠足のバスで何かの歌を歌い、バスガイドが本気で号泣したんだそうだ。神様から選ばれるってこんな感じかとふと思ったものだ。 ■歌 井上陽水/作詞 井上陽水/作曲 井上陽水 1984年 6.瑠璃色の地球 QAZZ一作目の『おみずさま』で阿部篤志さんに弾いてもらっているが、阿部さんは原曲のイメージにかなり近いのに対し、井高さんはかなりアップテンポになっている。もちろん阿部さんを意識したわけじゃなく(そもそも知らなかった)、「弾いているとそうなった」とのこと。あえて同じ曲をぶつけてみたが、綺麗な対比になってよかった。同じ曲でもここまで違う、それがジャズってことを、ジャズに馴染みなかった人たちにも感じてほしい。それにしても美しい曲だが、井高さんの演奏ではテーマが終わってからの残り30秒くらいのアウトロが私好み。 ちなみに、私は2018年からYouTubeを始めており、BGMやジングルを先の阿部さんに作ってもらって、この曲もそんな一つ。松田聖子の歌で聴くとすぐにお馴染みのJPOPであることに気づくのだが、メロディだけだと聴いたことはあるがなぜか思い出せない。YouTubeでも「終わりの方のBGMなんて曲ですか?」てなコメントがしばしばつくくらいだが、アップテンポになると尚更わからないだろう。 ■歌 松田聖子/作詞 松本隆/作曲 平井夏美 1986年 7.夢じゃない 90年代を代表する日本のアーティストとして、スピッツの名をあげて否定する人はあまりいないだろう。そのいかにも「スピッツな感じ」がたまらなく、その頃、カラオケでは誰かが必ずスピッツを歌っていた。「空も飛べるはず」「ロビンソン」の次くらいにこの曲もよく聴いたものだ。1993年の4枚目のアルバムに収録されたのち、1997年のドラマ『ふたり』の主題歌となりヒットした。 90年代はカラオケ、そしてドラマ(月9など)が私の世代にとっての「自由と青春」を象徴させる。今もたまにカラオケに行くとスピッツを誰かが歌うし、なんとなく歌いやすいので一緒に口ずさめる。 ■歌 スピッツ/作詞 草野正宗/作曲 草野正宗 1993年 8.本能 椎名林檎の曲の多くはジャズと相性がいい。「丸の内サディスティック」などはコード進行がグローバーワシントンジュニアのJust the two of usであるし、後にそれは「丸サ進行」と称され、21世紀初頭のJPOPを席巻した。椎名林檎は「新宿系」を自称しており、その対比となるのが小沢健二に代表される「渋谷系」である。渋谷系がサラッとであるのに対し、新宿系はドロっとしており、日本ではデフレ時代「失われた30年」の突入を感じさせ暗澹たる気持ちに。 2024年現在、日経平均も4万円を超え「もはやデフレではない」と誰かが声明を発したか知らないが、最近では小沢健二が、さらにもっと爽やかな杉山清貴なんかが流行り始めていると聞く。井高さんの弾く「本能」はブルーノートこそ使え、ちょっと爽やか寄りかもしれない。 ■歌 椎名林檎/作詞 椎名林檎/作曲 椎名林檎 1999年 9.EVERYTHING 日本人で唯一マイルス・デイビスの正式なメンバーとなったケイ赤城さんがアルバムで取り上げている。ケイ赤城さんはジャズピアニストであると同時に、アメリカの大学で音楽や哲学の教授しても活動している。ある日、来日してふと流れていた音楽に耳を奪われ、後にそれがMISIAのEVERYTHINGであると知り、アルバムでも取り上げることになったとライブで話されていた。その時のライブの演奏があまりにも素晴らしく、すぐにアルバムを買い、何度も聴いている。テナーサックス奏者の今津雅仁さんもライブでよく演奏されており、これまた感動的な音を聴かせてくれた。 ジャズマン好みのJPOPがあるとすれば、私はこの曲を真っ先に思い浮かべる。なお、これまた個人的な話であるが、今これを書いている1週間後、作曲の松本俊明さんとコラボトーク&ライブをすることになっている。突然やってきたご縁だが、さあ、どんなことになるでしょうか。 ■歌 MISIA/作詞 MISIA/作曲 松本俊明 2000年 10.粉雪 時は来た。プロデューサー特権で自由に書かせていただくことご容赦いただきたい。レミオロメンの「粉雪」はステハゲの持ち歌である。少なくとも私にとってはそうだし、ステハゲを通してこの曲を知ったのは事実である。ステハゲとは異才のユーチューバー、中央大学、人狼、皇室、スーツ、ぼっち、数々の名言など、何かと物議を醸してきた問題人物である。 これを機に「ステハゲ 粉雪」で検索して見てみてほしい。これからも頑張ろうって気にさせられるかもしれない。それにしても井高さんの弾く「粉雪」はこれでもかとばかりに美しい。それだけだ。 ■歌 レミオロメン/作詞 藤巻亮太/作曲 藤巻亮太 2005年 11.星降る夜に 私はこの曲を知らなかったのだが、東京スカパラダイスオーケストラは、一時期よく聴いたものだ(私自身も吹奏楽をやっていたので)。しかしいわゆる「スカ」のリズムではなく、THE BLUE HEARTSの甲本ヒロトさんのボーカルによるノリの良いポップスとなっている。 原曲では甲本のボーカルにホーンセクションのソロといった構成だが、井高さんのピアノはまたガラッと異なる雰囲気で、この曲の新たな一面を聴くことができるであろう。むしろ井高さんを聴いてから原曲を聴くと、曲の素晴らしさがより浮き出てくる。スカパラ、また改めて聴いてみようかな。 ■歌 東京スカパラダイスオーケストラ/作詞 谷中淳/作曲 谷中淳 2006年 12.花 井高さんは「いっそセレナーデ」とこの曲は知らなかったそうだが、出会えてよかったとレコーディング時に言われていた。アルバム全体としては昭和後期~平成前期色が強く、年代順に並べたラインナップのラストである「花」は、前の「星降る夜に」から17年も経過している。しかしこの曲に限らず、藤井風の曲はとことん昭和とも言え、事実、中学生の頃からYouTubeで懐メロ演奏などをアップしている。もちろんクラシックやジャズも完璧に吸収し、音楽のあらゆるオイシイとこがまったく喧嘩せずに調和し、新たな感性を生み出すに至っている。 なので誰にとってもどこか既視感があり、懐かしい思い出を想起させることも。「花」を最初に本人の歌で聴いた時も、なぜかいろんな思い出が蘇り、心がえぐられた。そう、藤井風の音楽はどれも心の奥底まで深く潜り込み、何かを取り出してくれる。これからももっともっとえぐってほしい。 ■歌 藤井風/作詞 藤井風/作曲 藤井風 2023年 (石田久二) 1.ひこうき雲(荒井由実) 2.アイ・ラブ・ユー、OK(矢沢永吉) 3.オリビアを聴きながら(尾崎亜美) 4.異邦人(久保田早紀) 5.いっそセレナーデ(井上陽水) 6.瑠璃色の地球(平井夏美) 7.夢じゃない(草野正宗) 8.本能(椎名林檎) 9.EVERYTHING(松本俊明) 10.粉雪(藤巻亮太) 11.星降る夜に(谷中淳) 12.花(藤井風) 井高寛朗 Piano レーベル:QAZZ 企画:石田久二 発売元:まるいひと株式会社

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