個人的な話からで恐縮だが、1987年の夏、僕は人生を揺るがす出会いをした。吹奏楽部でクラリネットを吹いていた当時の僕にとって、音楽といえば部活で演奏する曲か歌謡曲くらいしかなかった。そんなある日、どこかで手に入れたモーツァルト《クラリネット五重奏曲 イ長調 K.581》のカセットテープを何気なく再生した。流れ出した瞬間、雷に打たれたような衝撃を受けたのを今でも鮮明に覚えている。
「クラリネット五重奏」とは、一般的にはクラリネットに弦楽四重奏を加えた編成のこと。モーツァルト、ブラームス、ウェーバーらが傑作を残している。しかし当時の僕は「クラリネットが5本の曲」だと思い込んでいたため、冒頭の弦の響きに少し戸惑いもした。ところが直後に現れたクラリネットのアルペジオに全身が痺れ、一気に音楽の世界へ吸い込まれていった。その夏は、僕の人生の方向性を決定づけるターニングポイントとなったのである。
年月を経て、2020年にジャズ専門レーベル「QAZZ」を立ち上げた。以来5年で20タイトルをリリースし、大阪・ザ・シンフォニーホールでジャズコンサートなども開催。ジャズ誌からの取材も何度もいただき、趣味の延長で始めたインディーズレーベルとしては手応えのある歩みを続けていると思う。
そんな中で今回の企画、クラリネットとストリングスによる、ジャズとクラシックを横断するアルバムは、僕が長く温めてきた夢そのものだ。クラシックからはモーツァルトかブラームスの五重奏を、ジャズからはチャーリー・パーカーやクリフォード・ブラウンの “with Strings” に倣う姿を想定した。ただし、両分野を同等の水準で演奏できる音楽家は古今東西を見渡しても決して多くない。
ピアニストでいえば、アンドレ・プレヴィンは別格として、フリードリヒ・グルダやレナード・バーンスタインの名が浮かぶが、双方で同じ評価を得ているわけではない。逆に、キース・ジャレットやチック・コリアがクラシックを弾くこともあるが、クラシック界での評価はジャズほどには及ばない。クラリネットに至っては、エディ・ダニエルズの名が挙がる程度ではないか。
そんな中で鈴木孝紀さんと出会った。最初に聴いたのは東京での室内楽的なライブ。スタンダードは一切やらず、ピアニストによる現代音楽風のオリジナルを演奏するプログラムだった。難解でありながら、美しい音と圧倒的な技量に心を奪われた。
のちに、後輩・北川靖明君のアルバム『J’adore la clarinette』(QAZZ-014)の録音で共演し、モーツァルト《ケーゲルシュタット・トリオ》やメンデルスゾーン《演奏会用小品第2番》を純粋なクラシックとして演奏してもらった。その見事さが今回の企画の芽となったが、言うまでもなく、孝紀さんはジャズ奏者としても国内外で群を抜く存在である。
このアルバムは、1987年の夏に受けた衝撃から続く旅のひとつの結晶である。
制作の途上、避けて通れない出来事があった。2024年12月27日、孝紀さんと大阪フィルハーモニー交響楽団(以下、大フィル)のメンバーによる弦楽四重奏との初顔合わせが予定されていた朝、孝紀さんから一本の電話が入った。兄であり、超一流のジャズ・サックス奏者でもある鈴木央紹さんの容体が急変し、ご家族が呼ばれたという知らせだった。央紹さんは闘病生活の中にあっても演奏を続けられ、快復の折には改めて録音にもご参加いただきたいと願い、その思いをご本人にも伝えていた。しかし翌日、ご家族に見守られながら、昔話を交わす穏やかなひとときの中で旅立たれたと伺った。
実は僕と央紹さんは、同じ「ひさつぐ」という珍しい名を持ち、学年も大阪出身も同じという偶然があった。そのことに勝手ながら親近感と誇らしさを抱いていた。お会いしたのはライブで数度、言葉を交わしたのもわずかだったが、訃報を知ってから一週間ほど涙が止まらなかった。孝紀さんやご家族の悲しみは、想像に余りある。
それでもアルバムは必ず予定通りに完成させたい。そう伝え、翌年1月27日、改めて初リハーサルを行った。奇しくもモーツァルトの誕生日である。
モーツァルトが《クラリネット五重奏曲》を作曲したのは没する2年前。晩年の《クラリネット協奏曲》と並び、今日までクラリネット奏者にとって最高のレパートリーであり続ける。近年は主にその二曲のためだけにある、低音域を拡げた「バセット・クラリネット」が用いられることも少なくない。
協奏曲はしばしば「白鳥の歌」と呼ばれるが、僕はむしろ五重奏曲にこそ天国の気配を感じる。どちらも明るいイ長調で書かれているが、クラリネットでは憂いを含むA管で演奏されることが常であり、その響きが美しさとともに深い哀しみをにじませるのだろう。モーツァルトの晩年の心情をそこに重ねるのは後付けかもしれないが、確かに「かなし」が宿っている。
中学三年の夏にこの曲に出会って以来、レコードだけでなく音楽書もよく読むようになった。なかでも井上太郎さんの『モーツァルトのいる部屋(新潮社・初版)』を愛読し、この五重奏について次の言葉に深く頷いた。
「この第一楽章ほど美しい曲があろうかと私はいつも思う。特に、第一主題のあと、チェロのピチカートに乗って現れるホ長調の第二主題と、それを受けてホ短調で答えるクラリネットの調べを、私は心の震えを覚えずに聴くことは出来ない。(中略)私はこの曲を聴く時、秋の夕暮れを思わずにはいられない。その澄み渡った空の向こうに浮かび上がるモーツァルトの顔は、涙にぬれている…。」
フランスの詩人アンリ・ゲオンは、モーツァルトの本質を「走る悲しみ(tristesse allante)」と評し、小林秀雄が『モオツアルト』の中でこれを引用したこともよく知られている。だが本来、ゲオンが「悲しみ」を見てとったのはニ長調の《フルート四重奏曲》第1楽章であり、小林はそれをト短調の交響曲や弦楽五重奏曲へとすり替えて解釈した。その結果、「モーツァルト=短調」というイメージを日本で決定づけてしまい、この誤読は、モーツァルト観を一面的に固定してしまったという意味で、やはり罪深い。
井上太郎さんは第1楽章、ヴァイオリンからクラリネットへ受け継がれる第二主題に心を震わせ、秋の夕暮れに浮かび上がる「涙」を見た。その共感は、中三当時から今に至るまでの僕の音楽体験の原点であり、死生観にも深く影を落としている。ちなみに、かつてブログで井上さんについて書いたところ、ご本人から丁寧なメールを頂いたことがある。
モーツァルトの《クラリネット五重奏曲》は、なぜにこれほど「悲しい」のか。中学生だった僕は、人生の深みを知らぬまま、それでもこの曲を聴いて涙した。そこに宿る普遍的な「かなし」ゆえに。そして約40年を経た今、その涙はさらに深まっている。
“When you were born, you cried and the world rejoiced. Live your life so that when you die, the world cries and you rejoice.”
(生まれたとき、あなたは泣き、周りの人々は笑っていた。だから、死ぬときには、あなたが笑い、周りが泣くような人生を送りなさい。)
ネイティブ・アメリカンに伝わる格言。人生の最後は笑って旅立ちたい。「悲し・哀し」は必ずしも否定の感情ではない。万葉の時代の「かなし」は「愛し」でもあった。愛しく、大切である、涙が出るほどに。別れが悲しいのは、そこに愛があるからだ。
モーツァルトの音楽に特別な魅力を感じるのは、長調の純粋な明るさの中に、深い「かなし=愛・悲」への訴えが潜んでいるからではないか。
中三の夏のある日。冷房を控えていた時代、扇風機を抱え、親に「おかしくなったのか」と心配されながらも、この曲を聴いてただ涙する少年がいた。音楽に素直に涙できる。愛を実感できる。僕は、そのためにこのレーベルを立ち上げたのかもしれない。
演奏についてもう少し触れていこう。今回、大阪で録音をする際、幸運にも大フィルのトップメンバーにお願いすることができた。オーケストラだけでなく、ソロや室内楽でも超一流の腕前を誇るが、ジャズ曲の演奏となると、そんな機会は滅多にないようで、モーツァルトもジャズも、心から楽しんで演奏していただけたように思う。
モーツァルトの冒頭の弦楽四重奏を聴くと、僕はいつもあの夏の日を思い出す。レコーディングに立ち会った僕は、それを生の響きで受け止め、涙を隠すことができなかった。そして井上太郎さんと同じく、僕もこの第二主題に心の震えを覚えずにはいられない。明るさゆえに悲しい。須山さんの瑞々しいヴァイオリンを孝紀さんが短調で受ける。笑顔の奥の悲しみが、人生に深みを与える。決してネガティブな感情でないことを、モーツァルトを聴くといつも思い出す。
ウェーバーの《クラリネット五重奏曲》も奏者にとって重要なレパートリーには違いないが、そこでの弦楽四重奏はどちらかというと伴奏に徹し、クラリネットのヴィルトゥオーソぶりを楽しむ曲であると言えよう。しかしモーツァルトの五重奏曲はクラリネットと弦が完全に溶け合い(ブラームスにおいてはさらに深まるが)、特にラルゲットの第2楽章において顕著である。
五重奏曲と協奏曲において、第2楽章は連続した世界観を表出するが、協奏曲のカデンツァでもしばしば同じフレーズが用いられる。モーツァルトはフルート、オーボエ、ファゴット、ホルンと管楽器の協奏曲を多数残しているが、いずれも華やかなカデンツァで奏者の技巧を楽しむ場面が用意されている。しかしクラリネットではそうでないことこそ、協奏曲、そして五重奏曲の「本質」があるように感じるのだが。
第3楽章はメヌエットと二つのトリオからなる。最初のトリオは冬の厳しさに弦楽四重奏がむせび泣き、二つ目のトリオで、脱皮したばかりの蝶のようにクラリネットが春を謳歌する。
第4楽章は主題と変奏。モーツァルトは即興の達人であり、この形式を好んでか、小品を含め多くの作品を残している。たとえば《フィガロの結婚》のアリア「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」の主題で見事なバリエーションを演じたと手紙に記しているが、楽譜は残っていない。いわば生殺しの領域、つまり、ジャズなのだ。モーツァルトが現代に生きていたら、どんな《枯葉》を演奏するだろうか。
しかし今はモーツァルトに頼らずとも、素晴らしい演奏がレコードでもたくさん聴ける。そこで後半、ジャズの楽曲についても触れておきたい。
スタンダード《It Could Happen to You》は僕からのリクエストであり、マイルス・デイヴィスをはじめ、数え切れない名演が残る有名曲。ここではその明るさがかえって胸を締めつけ、涙を誘う。弦とクラリネットの4バースの場面もあるが、弦楽四重奏の皆さんはジャズ的な指示にも即座に応じ、見事にスイングするのである。
次に、孝紀さんのオリジナル《Ange Cri》はニ短調のバラードで、タンゴのリズムに乗せた一曲。長調へ転じる瞬間、実音「ソ」に胸を突かれる。モーツァルト的な「長調の悲しみ」がここでも聴かれる気がした。中盤に響き渡るヴァイオリンの高音域が胸を締め付ける。
《Love Walked In》はガーシュインの作品で、兄の央紹さんが好んで演奏していたという曲。洒脱なクラリネット・ソロから弦楽の流れ、さらに竹下さんのピアノへと受け渡される展開が実に心地よい。ちなみにレコーディングには弊社の女性社員も同席していたのだが、この曲を録音している際、間近に聴く弦の響きに感激を隠せない様子だった。
《Evidence》は僕からの、少し意地悪なリクエスト。裏拍を多用し、ストリングスと合わせるには難曲だが、竹下清志さんの見事なアレンジによって、遊び心と緊張感を兼ね備えた極上のアンサンブルに仕上がった。孝紀さんのアドリブが見事なのは言うまでもないが、竹下さんのソロも実に軽快で、思わず微笑んでしまう。
《Something Good》は『サウンド・オブ・ミュージック』からの一曲で、孝紀さんが特に好きなナンバーだという。ここではピアノとベースを外し、モーツァルトと同じ編成で締めくくった。クラリネットと弦が優美に溶け合い、クラシックとジャズが自然に交差する。チェロのピチカートに乗せたクラリネットのアドリブは聴きどころだ。
最後にメンバーについても。大フィルの団員が中心で、須山暢大さんはコンサートマスター、田中美奈さんも第二ヴァイオリンの主席奏者。井野邉大輔さんは長くNHK交響楽団でも活躍し、大フィルとも馴染みが深い。チェロの松隈千代恵さんも、関西を中心に幅広く活動している。これほどの実力者が集まってくださったのは、北川靖明君の奥様である北川明子さんのお力添えによるところが大きい。あらためて深く感謝を申し上げたい。
そしてピアノの竹下清志さんは、関西を代表するベテランであり名手。その豊かな表現力と遊び心がアンサンブルに温かみを添えてくれた。ベースの時安吉宏さんは、関西ジャズ界を長く支えてきた重鎮であり、安定感のあるビートと深い音色で全体をしっかりと支えてくださった。
こうしてクラシックとジャズの垣根を越えた第一線の奏者たちが集まり、一枚のアルバムとして結実したこと自体が大きな意味を持つ。ここに刻まれた音楽は、僕にとって1987年の夏から続く長い旅の到達点であり、同時に新たな始まりでもある。
この作品を手に取って頂き、ありがとうございます。
(石田久二)
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企画者である石田久二さんより、
「鈴木さん、モーツァルトのクラリネット・クインテット録りませんか?」
と提案された時は、衝撃が走りました。この自由奔放なジャズ吹きが、このような大曲に挑んで良いのか。冒涜にならないだろうか。という迷いが頭にあふれました。
しかし、普段からジャズとクラシックを行き来している自分を見てもらえる、こんなチャンスがあるだろうか。また、クラリネット奏者なら必ず一度は憧れ、研究するであろう、このモーツァルトの大曲を録音作品として残すことは、自身のクラリネット人生において大きな節目であり、転機になるかもしれない。そう思い、この企画に取り組むことを決めました。
スペシャリストである素晴らしいメンバーが集まり、音楽面での各人からの提案、アンサンブルにおける緻密な部分はもちろん、自分がこれまで気付けなかった景色もたくさん見えました。
和気あいあいと、本当に濃密な時間を過ごしました。レコーディングを終えた今は感謝と喜びでいっぱいです。
まさに “今” この時代を生きているからこそ表現できた “Timeless Stories” を、お楽しみいただければ幸いです。
(鈴木孝紀)
1–4. Clarinet Quintet in A major, K.581 / Wolfgang Amadeus Mozart
I. Allegro
II. Larghetto
III. Menuetto – Trios
IV. Allegretto con variazioni – Adagio
5. It Could Happen to You / Jimmy Van Heusen
6. Ange Cri / Takanori Suzuki
7. Love Walked In / George Gershwin
8. Evidence / Thelonious Monk
9. Something Good / Richard Rodgers
鈴木孝紀 / Clarinet
須山暢大 / Violin
田中美奈 / Violin
井野邉大輔 / Viola
松隈千代恵 / Violoncello
竹下清志 / Piano(5〜8), Arrangement(5〜9)
時安吉宏 / Bass(5〜8)
企画:石田久二
録音・編集:西村和幸(ワコーレコード)
装丁:菅原沙耶
Recorded at
音楽ホール&ギャラリー 里夢/2025年3月9日・4月1日