{{detailCtrl.mainImageIndex + 1}}/3

松下一弘『take there』(QAZZ-007)

3,080円

  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4
  5. 5
レビュー2件

送料についてはこちら

ノリって大切だ。QAZZレーベルの第四弾『空とギター』、第五弾『まるいひと』のレコ発ライブを僕の地元福岡で開催した。前者にはベースの他、ドラムとギター。後者には同じくドラムとピアノ。アルバムのベーシストはいずれも東京在住で、すぐにはお呼びできなかった理由で、助っ人をお願いしたのが松下一弘であった。 いずれも素晴らしいプレイを聴かせたが、とりわけ『まるいひと』における阿部篤志に大いにインスパイアされ、松下本人も「2021年のベストプレイ」と振り返る内容となった。ライブ会場である「Jazz工房Nishimura」の西村マスターにして「松下君は覚醒した」と言わしめるほど。 その時、阿部篤志、榊孝仁、松下一弘のトリオでライブレコーディングしたいな、と思った。レコ発ライブの直後、松下さんに軽いノリでレコーディングの話をしたが、最初はジョークと思われた風だ。しかし僕はそんなジョークは言わない。 翌年3月、阿部篤志の来福にあわせてライブレコーディングを行ってしまった。松下さんはミュージシャンには珍しく律儀できちっとした性格だ。レコーディングの打ち合わせの際、2枚のレジュメを用意してやってきた。サラリーマンであれば当たり前だが、フリーのミュージシャン(特にジャズ)では、あまり見かけないタイプ。しかしそんな人間性だからこそ、福岡県内外から引く手あまたなのだ。実力も超一流であることは言うまでもない。 僕の要求は一つ。ベース映えする内容にしたい。ピアノ、ドラム、ベースのトリオはジャズとしては最もオーソドックスなフォーマットであるが、多くの場合、リーダーとしてイニシアティブをとるのはピアニストとなる。稀にドラムやベースがリーダーとなることもあるが、本当に稀だ。その大抵はドラム、ベースが「大御所」である場合か。 パッと思いつく限りで、ドラムならElvin Jones(『Jones!』など)、Art Blakey(言わずと知れたJazz Messengers)、Steve Gadd(ジャズに限らず数多く)、ベースならPaul Chambers(『Bass on Top』は名盤)、Ray Brown(最高)、Ron Carter(多作だが僕はあまり好きでない)など。しかしこうやって見ると、ピアノトリオのフォーマットだとRay Brownくらいしか映えた感じがしない。 そもそも、ピアノトリオのフォーマットで「ベース映え」する内容とはいかなるか、その必然性があるのか、など疑問が残る。ベーシストの曲をたくさんやればいいか、ベーシストアレンジか、単にベースの音がデカければいいか、テーマを担当しておけばいいのか、正直、答えはない(繰り返しになるが、その意味ではRay Brownのトリオでの存在感は抜群だ)。 答えが出ないままに、とりあえずやってみよう。松下さんはレジュメ担当でもあったわけだし。打合せ段階では、ざっと20曲以上はあったと思う。僕が推したのはMichel Petruccianiの「Home」と、T-SQUAREの「宝島」くらいで、ほとんどは松下さんが持ってきた。絞りに絞ってライブでは11曲をチョイスした。 1. Straight, No Chaser 2. Home 3. Alone Together 4. 夜霧よ今夜も有難う 5. Moonlight Serenade 6. Three Views of a Secret 7. A Child Is Born 8. Take Five 9. Drama 10. I'll Remember April 11. 宝島(アンコール) 松下さんの希望で、レコーディングの曲は休憩を挟まず一気に録りたい、と。その結果、1から10までを演奏する予定だったが、ちょっとしたウッカリでMoonlight Serenadeが飛ばされたのは、単純にピアニストが忘れていたからだ。 結果、アップテンポのビバップ曲、I'll Remember Aprilで爽快に終わり、アルバム一枚分が撮り終わった。非常に盛り上がり、会場からの拍手や声援もいつも以上。松下さんもしっかり覚醒していた。 せっかくなのでアンコールとして、ここでMoonlight Serenadeをやり、最初から予定していた宝島で締めくくるはずだったが、なんかもう一曲くらい聴きたい気持ちで、僕の方からリクエストした。ウクライナでの戦争が始まって一か月、平和への祈りをテーマに、と。阿部篤志さんから「Imagineは?」と提案があり、すぐに決まった。譜面もなく、もちろん事前打ち合わせもなく。それがまたよかった。 合計12曲、収録したことになったが、どうしよう。当初の予定通りに本番9曲でいくか。いや、アンコールも素晴らしかったし、外すのは忍びない。だからと言って、12曲すべては一枚には収まらない。ライブだと、どうしても一曲が長くなってしまうわけだし。最終的な選曲プロセスを振り返りながら、曲目について解説していこう。 1. Alone Together 昔から数多くのミュージシャンによって録音されるが、はて、どんなテーマだったろう。マイナー調のバラードであると記憶はしているが、歌えない。それでいて演奏時間も12分近く場所を取る。僕の頭の中からは外していたが、どうやら三人にとっては推しだったようで、それならミュージシャンを尊重する。 ちなみに一曲目のStraight, No Chaserは有名なブルースであるが、松下本人はちょっと消極的で指慣らし的な意味合いもあり、アルバムに残すには弱い印象。次のHomeは僕がリクエストした一曲で、徐々に調子をあげ、残したい気持ちもあったが、最終的には却下となった。作曲者であるPetruccianiのインパクトが強すぎることもある。 結局、順番を入れ替えることもなく、Alone Togetherを冒頭にまとまったが、まあ、この曲は激渋である。ピアノソロに始まり、ミディアムにリズムセクションが入る。ある意味、ジャズらしい演奏となり、噛めば噛むほど(聴けば聴くほど)味が出る、いわゆるスルメナンバーとなったであろう。僕も今はとても気に入っている。松下も十分に存在感を示している。 2. 夜霧よ今夜も有難う QAZZでは一曲はなるべくJPOPを入れる方針であるが(過去には「空も飛べるはず」「中央フリーウェイ」などを吹き込んだ)、この曲も確かに日本の歌謡ではあるし、言わずと知れた石原裕次郎の代表歌であろう。松下から「とてもいいアレンジがある」と言われるも、正直、最初は微妙に思ったが(僕はもっと若い世代の曲を希望していたので)、そこまで反対する理由もないので採用した。 しかし結果的には大正解。ボッサのアレンジが心地よく、ぐっと若返った印象。最初はこれが一曲目でいいかと思ったが、ライブでは四曲目でもあり、指が温まった阿部が悪乗りし始める。前菜には重たいかもと松下の意見より、二曲目に持ってきたのは妥当な判断だ。阿部はライブでは基本、悪乗りするが、もちろんいい意味で大歓迎だ。 3. Three Views of a Secret 天才ベーシスト、ジャコパストリアスを持ってきた。松下はエレベに持ち替え、十分にエフェクトを効かせ、イニシアティブを発揮する。僕は最初、知らない曲だと思っていたが、聴けばな~んだ、だった。三拍子のあの曲か~ってとこで気構えずに聴ける。 ジャコパストリアスは奇人変人として有名であるが、ミューズ(音楽の神)の悪戯のような人物だ。その昔、ラジオでのジャコ特集を聞いて知ったのだが、ほぼすべての楽器を「触った瞬間にマスター」してしまったそうだ。10代でベース、ドラム、ピアノ、サックスなどすべて一人で多重録音した記録が残っていたが、最終的にベースを選んだのはなんでだろう。人間としては破綻していたそうだが、音楽は端正であり、松下の雰囲気にもマッチしている。なお、途中で歌声が聞こえるが、阿部は興が乗ると歌いだす。決してオカルトではないのでご安心を。 4. A Child Is Born Bill Evansの演奏で有名だが、トランぺッターでありバンドリーダーのThad Jonesの曲だと初めて知った。実は当初、松下はこの演奏の優先順位を下げていたが、僕は推した。冒頭は榊が持ってきた「タングドラム(Tongue Drum)」なる不思議な音がする楽器から始まる。カリブ海発祥のスティールパンに似ているが、日本人が開発したもの、音程は正確で、お掃除ロボットのような形状をしている。 エレキベースとの神秘的なデュオから、ピアノの前奏に始まる。松下のエレベによるテーマは雰囲気がある。阿部のピアノも美しい。後半のトレモロを効かせたベースも実に良いではないか。 5. Take Five 一般に、日本でジャズの曲と言えばTake Fiveを思い浮かべる人も多いのではないか。曲名は知らずとも、一定の年代以上になると聴いたことがない人は皆無であろう。作曲はDave Brubeckではなく、唯一無二のアルトサックス、Paul Desmondによるものだ。オリジナルではアドリブらしいアドリブはほとんどせず、その代わりドラムソロがやたら長い印象がある。 アルバムタイトルについて説明しよう。タイトルはプロデューサーである石田がつけているのだが、割と最後まで決まらなかった。アルバムのちょうど真ん中でもあるし、盛り上がったし、こっからTake Fiveならぬ、3人なので「Take Three」で決めたと松下にメールを送ろうとした瞬間、「Take There」と打っていることに気が付いた。あ、別にいいじゃん。これで決まり。訳すと「あっちに連れてって」となるだうろうか、このトリオの雰囲気にもピッタリだ。 Take Fiveとは5拍子のことで、Brubeckのカルテットは変拍子を割と好む。しかし今回はひねくれて4拍子で始めたかと思いきや、サビではまたひねくれて5拍子に。4拍子は「1234、1234」と数え、サビの5拍子は「12312、12312」と数える。リズムはエレベをブンブンに効かせたパンクロック。ここでも阿部の悪乗りが光る。ソロに入るとTake Thereでどこへ行く。テーマの5拍子に戻ったと思ったら突然の転調。間もなくどっかで聴いたフレーズが。ドリフだ!この日のハイライトとなった。 6. Drama ドラマーの榊孝仁のオリジナル。第五弾『まるいひと』の「りひと」もそうだが、榊はドラマーにしては実にロマンティックな曲を書く。頭に浮かんだメロディを知り合いに書いてもらって楽譜に残すような作曲スタイル。 「ドラマとは、私が見てきた様々な人間模様を曲にしました(榊孝仁)」とのことで、聴き手にとっても様々な人間模様が呼び起こされるのだろう。確かに昔テレビでよく見た「ドラマ」で聞きそうなテーマで、阿部のピアノはこれでもかとばかりに盛り上げる。 7. I'll Remember April 本編最後の曲はスタンダードらしいスタンダードで、「四月の思い出」と訳されるが、レコーディング時はまだ3月。「4月が待ち遠しい」くらいの感覚なのか、個人的に僕は花粉症なので、確かにこの時期は4月が待ち遠しい。そう言えば榊孝仁も割と強い花粉症選手だった。 アップテンポで演奏されがちで、Charlie Parker、Bud Powell、Sonny Rollinsなどジャズジャイアントによる名演も多数。エピソードとしては、Charlie Parker亡き直後、消沈するニューヨークのジャズ界をかっさらった男の話。「カフェ・ボヘミア」というジャズクラブで、Oscar Pettifordのバンドをたくさんのミュージシャンが聴きに来ていた。 「その男の楽器を借りて、上がって来いよ」とJackie McLean だかPhil Woodsだかに声をかけたのだが、「その男」が自分の楽器を持って上がってきた。「生意気な奴だ」とPettiford、急速調で弾き始めたのがI'll Remember April。その男は軽々とこなし「Birdの再来」と言わしめることになったが、その名もCannonball Adderley。そんな漫画のような話が僕は大好きだ。 今回はそこまでのアップテンポでもないが、軽快なビバップが聴ける。僕はやっぱりこんなジャズが大好きだな~と思いながら、ジャズを普段聴かない今回のお客様にも十分に楽しんでいただけたようだ。そう言えば何度かJohn Coltraneによるマイナーブルース「Mr.PC」のテーマが引用されるが、PCとはPaul Chambersのこと。ベーシストであるPCと松下へのオマージュとはちょっと深読みしすぎかな。ともあれ、この日のライブの大盛り上がりを一緒に味わってほしい。 8. 宝島(Takarajima) アンコールで用意したナンバーで、吹奏楽出身にとっては思い出深い曲であろう。今回は僕を含め全員が吹奏楽部にいたことがあり、榊はパーカッションでそのままであるが、松下はトランペット、阿部は指揮からほとんどすべての楽器だそうだ。僕はクラリネットをやっていて、この曲は社会人になってからも何度も演奏した。最近では藤井風さんのYouTubeで聴いてたまげたものだ。 まあ、胸熱って演奏。この手の曲はオーソドックスであればあるほどいい。そう言えば作曲者の和泉宏隆さんは昨年4月にお亡くなりになった。お会いしたことはなかったが、なんだか悲しくなった。いい曲をありがとうございました。ご冥福をお祈り申し上げます。 9. Imagine 先述のように、僕の方からもう一曲をアンコールし、その場で決まった。誰もが知っているJohn Lennonの代表作。ウクライナとロシアの戦争が始まり、2022年9月現在もなお膠着状態。 Imagineはいわゆる「反戦歌」と言われることがあり、理想郷を描いた、ある意味ベタな内容であるが、曲そのものはとても美しい。リクエストしておいてなんだが、あまりイデオロギーを挟まず聴いてほしい。 選曲について、曲数的にアンコールから二曲が可能となったので、二つのバラードから一曲であれば、すぐにImagineが選ばれた。予定もせず、楽譜もなく、かと言って純然たるジャズスタンダードでもないこの曲。三人の中にはしっかり入っていて、その場限りの演奏ながら「僕ららしい演奏になった(松下)」とのこと。とてもいいライブアルバムになったと思う。 果たして「ベース映え」したアルバムになったか、その判断は皆さんにお任せしたいが、楽しい内容であることは間違いない。いい意味でライブの弾けっぷりも収録できたし。 最後に。今回の録音会場となった「Jazz工房Nishimura」は2007年に福岡県太宰府市にて開店。老舗の多い福岡ジャズ界において、新鋭ではあるものの気がつけば15年も経っていた。石田自身も開店当初から足を運んでおり、今や九州圏内だけでなく、全国からミュージシャンやファンが集まる、一大拠点となっている。ライブのみならず、こだわりある見事なオーディオシステムは、全国のマニアからも注目されている。 Jazz工房Nishimura 福岡県太宰府市朱雀2丁目25-10 http://www5.plala.or.jp/jazz-factory/ 1.Alone Together/Arthur Schwarz 2.夜霧よ今夜も有難う/浜口庫之助 3.Three Views of a Secret/Jaco Pastorius 4.A Child Is Born/Thad Jones 5.Take Five/Paul Desmond 6.Drama/榊孝仁 7.I'll Remember April/Gene de Paul 8.宝島(Takarajima)/和泉宏隆 9.Imagine/John Lennon 松下一弘/Bass 榊孝仁/Drums 阿部篤志/Piano レーベル:QAZZ 企画:石田久二 制作:株式会社フロムミュージック 発売元:まるいひと株式会社

セール中のアイテム