「導き」はあると思う。ドラムの榊孝仁を初めて見たのは2000年代前半だったと思う。石田は当時サラリーマンで、仕事帰りにジャズライブに接するのが一番の楽しみだった。博多の老舗ジャズライブハウス『New Combo』でトランペットの日野皓正氏のバンドを聴きに行っていた。終盤、日野氏の手招きで一曲叩いたのが榊、当時10代だったと思う。見事な演奏で、若くて、イケメンで、ドラム上手くて、これはけしからん、きっと性格も悪いに違いない、と思った。
あれから20年あまり経ち、音楽とはまったく関係ない知人から紹介されたのが榊だった。石田が一方的に知っているだけだったが、すぐに意気投合した。榊もまた、石田と同じくスピリチュアルの世界にいる一人だった。ある日、「博多でギターだったら誰ですかね~」って話を榊にふったところ、即答したのが「奥田さんって若い人がいますよ」だった。なお、言うまでもなく、榊は抜群に性格もよく、それはそれでプラス材料が増えてけしからんことには変わりない。
その2~3か月後、たまに事務仕事でスターバックスに行くのだが、トイレに立った瞬間、見覚えのある表紙をめくるお客がいた。もしかして。トイレから戻り、もう一度横目で確認すると拙著『夢がかなうとき、「なに」が起こっているのか?』(サンマーク出版)であった。
「あの~、すみません・・」と恐る恐る声をかけ、目が合った瞬間、「うお~」と雄叫びが走った。そう、そのお客が奥田英理であった。お互い興奮気味に隣のマクドナルドに移動して小一時間しゃべっていた。石田の本を読むくらいだから、奥田もまたスピリチュアルなんだろう。こんな「導き」で今回のレコーディングが決まった。
ちょっと変わった趣向でマニアックな音を残したい。そんなスタンスでQazzの第四弾のレコードはギタートリオに決まった。奥田のギターに榊のドラム。二人はギグでもしばしば一緒になるそうだ。ベースはどうしようか。博多にも当然、名手は少なくないのだが、榊がプロになりたての頃に世話になり、榊のリーダーアルバムにも参加された納浩一氏にお願いすることができた。
納浩一と言えば日本ジャズ界では大御所中の大御所。ベーシストとしてはもちろんのこと教育者としても名高く、今や日本のミュージシャンのほとんどが納氏によるスタンダードバイブル(通称、黒本)を使用している。石田が所有するCDにも何枚か納氏がサイドに名を連ねている。
アルバムの曲目は石田と奥田が二人で決めた。一般の人にも聴きやすく、それでいて骨太で、たまにマニアックなラインナップにしたい。結局、並べてみると、いわゆるジャズ「スタンダード」はなく、4曲は有名ジャズオリジナル、3曲は奥田と榊のオリジナル、残りはアイルランド民謡とJ-POPとなった。ある意味、激シブだ。
なお、ジャケットデザインは大手出版社にて連載経験のある少女漫画家・愛田カノンが手掛けた。およそジャズとはかけ離れた装丁で、内容とのギャップに微笑みするかもしれないが、石田は気に入っている。奥田によると「王子すぎません?素の自分はこんな・・」とやや戸惑いもあったようだが、石田から見ると奥田も榊も、そして納氏も、見た目、演奏、人間味からして「王子そのもの」であり、いろんな意味でユニークな一枚になったと思う。
さて、1曲目はWes Montgomeryの代表曲『Four on Six』から始まる。スタンダードの『Summertime』のコード進行により、「6本の弦に4本の指」という意味らしい。ところで本アルバムの「ユニークさ」があるとすれば、なんと奥田は全曲を「アコースティックギター」で演奏しているところ。もちろんジャズでアコギが用いられることもないわけじゃないが、メインはフルアコ(フルアコースティックギター)と呼ばれる、中が空洞になったエレキギターである。Wesも当然、それ。たとえばこの曲を余技的にアコギで弾くことはあったとしても、ギタートリオでガチでやるケースは、ほとんど耳にも目にもすることはないと思う。
冒頭、ファンキーなシャッフルのリズムを施したアレンジに始まるが、アドリブ3コーラス目に入る瞬間、納氏のランニングベースから4ビートに移行する瞬間がたまらない。後半はギターとベースのリフを挟みながらの緻密なドラムソロがかっこいい。
2曲目の『Silver Stone』は奥田のオリジナル。ヨーロッパの森閑とした情景を想起させるような美しい曲。実際、奥田はオランダの天才ギタリストJesse van Ruller氏に憧れ、当地で直接の手ほどきも受けたことがある。
『新型コロナが世界を騒がせた2020年に出来た曲。曲名に込めたシルバーという色はグレー(灰色)に光沢がある色である。それはつまり、世の中に立ち込めた暗雲の中でも、輝きを見出そうとする意思(石,ストーン)を表現している(奥田)』
選曲の際、当初はベタなスタンダードを1~2曲は入れるつもりであり、パッと思い浮かんだのが『Remember』であったが、そこから連想されるのがテナーサックスのHank Mobleyであり、どうせならRemember が収録されるMobley の代表作『Soul Station』の2曲目のモブレーオリジナルでどうかと話がまとまった。ジャズミュージシャンや愛好家にはお馴染みと言っていい、極めてジャズらしいカッコいい曲である。サックス奏者に多く取り上げられると思いきや、意外とあらゆる楽器奏者に愛されている。アップテンポで、この曲もまたアコギは無茶ぶりと思ったが、シングルトーンを駆使した、まったく違和感ないスムーズな演奏。そして何より納氏のベースがまたウォーキングからソロまで、全体をしっかり支え、若い二人をリードし、大御所の凄みを感じさせる。4バースでの榊も感化され熱い。
次の『Walk to the Light』も奥田のオリジナルであり、以下のようなインスピレーションから得た曲とのこと。
『オランダ・アムステルダムの運河沿いを歩いている時、水面にキラキラと輝く光や映り込む景色に心を奪われ、浮かんできたメロディです。希望に満たされ、心がとても落ち着いていました。そのときの心境が運河の水面に映し出されていたのかもしれません(奥田)』
普段はエレキでフュージョンっぽく演奏しているそうだが、『Silver Stone』と同様、ヨーロッパの有名レーベルECMのような雰囲気で、あまりにも情景的で心を奪われる。アムステルダムは港町であり、一画にはイギリス船舶兵御用達の男性的なネオン街もあるが、中央駅から扇状に運河が広がる、まさにキラキラとした「水」の街である。そんな光に向かって歩いていきたい。
5曲目の『Teddy O’Neill』は同じヨーロッパつながりではあるが、島国アイルランドの古い民謡である。歌詞は割とドロドロした内容らしいが、旋律はすこぶる美しい。Qazzの前二作でも取り上げられている、ようするに石田が個人的に好きな曲である。一般的に有名な曲でもないので、奥田も納氏も知らなかったそうだが、ギターとベースのデュオで胸が締め付けられるほどに美しさが包み込む。テクニシャンなイメージの強い納氏であるが、一音一音を確かめるように、丁寧に奏でる。Charlie Hadenを思わせるような、技巧を超えた技巧を聴くことができ、つくづく贅沢なアルバムになったと思う。
いかにもバップな曲もと思ったが、同時代ながら逆にクールな一曲が浮かび上がった。先のJesse van Ruller氏も録音した『Subconscious-Lee』であるが、2020年4月、新型コロナでお亡くなりになったLee Konitzの代表曲。スタンダードの『What is this thing called love』のコード進行で、全体がコンディミ(Combination of diminished chords scale)と呼ばれる、(不気味な)ジャズらしい音階に占められ、なかなか骨折れそうなテーマである。Lee KonitzはCharlie Parkerと同時期から活躍したアルトサックス奏者であり(なんと7歳しか違わない)、晩年は徐々にウォームなサウンドに変化していったが、『Subconscious-Lee』を最初に録音した頃のKonitzはまるでカミソリのようであった。
榊の長いドラムソロから始まり、いかにも前のめりな奥田のテーマ、そこに納氏がドカンとぶち込まれる。当初、ドラムの榊はこの曲を知らず、「よくわからない曲ですね~」と漏らしていたそうだが、『Subconscious-Lee』は「潜在意識を意味する」と聞いて、瞬間、理解したとのこと。「よくわからない」のはどっちだろうか。奥田のソロはテーマを受け継ぎアブストラクトに展開するが、納氏のソロでようやく原曲(What is this thing called love)とつながり、曲の全体像が見えてホッとする。本アルバムの白眉と言えよう。
『空も飛べるはず』は1994年にリリースされた、お馴染み、スピッツの名曲。タイトルに見る「空とギター(The Sky, Guitar)」、本アルバムの核とも言えるナンバーであるが、どうだろう、感動的ではないか。奥田はイントロとテーマのみを担当し、ソロは納氏にお任せする。蛇足ではあるが、スタンダードバイブルを監修する納氏ながらも、本アルバムは割と馴染みないラインアップだったとか。しかしこの曲に限らず、どの曲も瞬時に世界観を理解し、潜在意識を震わすような伴奏とソロでアルバムを一歩も二歩も前進させる。ジャケットでは「王子すぎる三人」が「空」の下で健康的に音を奏でているが、放っていくはまさに「空」である。2020年は新型コロナに身も心も抑圧される一年だったが、空はいつもと変わらない。早くマスクのない世界、空のように自由に飛び立っていきたい。
『Airport』は榊のオリジナル。納氏は日本人としてかなり初期にバークリー音楽大学で研さんを積み、帰国後も渡辺貞夫バンドをはじめ、世界中を周っている。奥田はオランダなど、榊も東南アジアをはじめ世界各所で活動している。つまり、誰もが『Airport』とともに人生がある。『空港のゲートで繰り広げられる、切ない人間模様を曲にしました(榊)』とのことだが、なるほどハードボイルドな曲調は様々に織りなす人間ドラマを想起させる。これまた『Airport』から「空」に飛び立ち、彼の地で白ワインを堪能できる日へと、一日も早く戻りますように。ちなみに榊とは2019年に一緒にモナコ・ニースに行ったが、彼はお酒は飲めない。なお、この曲は榊のアルバム『Message Ⅲ The Live in Tokyo』にも収録されており、ベースを担当するのが納浩一氏であった。
ラストの『Blue Monk』はThelonious Monk作曲のB♭ブルース。ソロで。リラックスした雰囲気で、途中、ダブルタイム(倍テンポ)のとこで、思わず「いえい!」と言いたくなるわけで、実際、言った。スタジオ録音であるが、言うまでもなく一発、撮り直しは最初から許されない。つまり、最高じゃないだろうか。
全編アコースティックギターによるギタートリオ。かなり野心的な試みだったが、想像以上の快作になった。
ジャズギターの可能性を広げるとともに、ジャズ本来の楽しさ、心地よさを改めて感じ入る一枚になったと思う。
最後に改めて、この「よくわからない新生レーベルQazz」の録音に快く応じていただいた納浩一さんには、本当に感謝の思いしかありません。博多に来られるときは、ぜひ、この三人でライブを企画させていただきたいと思います。ありがとうございました。
(石田久二)
1.Four on Six(Wes Montgomery)
2.Silver Stone(奥田英理)
3.This I Dig of You(Hank Mobley)
4.Walk to the Light(奥田英理)
5.Teddy O’Neill(Irish Song)
6.Subconscious-Lee(Lee Konitz)
7.空も飛べるはず(草野正宗)
8.Airport(榊孝仁)
9.Blue Monk(Thelonious Monk)
奥田英理/Acoustic Guitars
納浩一/Bass(1~8)
榊孝仁/Drums(1~4,6~8)
レーベル:QAZZ
企画:石田久二
制作:株式会社フロムミュージック
発売元:まるいひと株式会社