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豊秀彩華 『Plays the Great Japanese SongbookⅡ』(QAZZ-021)

2,640円

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3歳のとき、母親から「水泳とピアノ、どっちがいい?」と聞かれ、両方体験してみた結果、選んだのはピアノだった。特に音楽一家というわけでもない、ごく普通の家庭に育った豊秀彩華さん。可憐な見た目とは裏腹に、実はかなりの努力家。幼い頃に買ってもらった電子ピアノは、弾き込むうちに次第に調子を崩していくが、当時は買い替える余裕もなく、それでもコツコツと鍵盤に向かい続けた。 プロを目指していたわけでもなく、むしろピアノを辞めようとしていた時に、ビル・エバンズの演奏に出会い、心を奪われる。それがジャズを志す大きなきっかけとなった。好きなピアニストにはビル・エバンズ、そしてハービー・ハンコックの名を挙げる。繊細で知的なコンテンポラリー感覚に惹かれつつ、実際のプレイスタイルはというと、意外にもバリバリのバップ。そのギャップがまた彼女の魅力であり、古き良きジャズのスピリットを、令和の感性でアップデートしていく存在だ。 高校に進学する頃には、「もっと音楽を深めたい」と音大を志すようになった。自宅から近い昭和音楽大学のオープンキャンパスにも通い始める。そんな時期に、町田のジャズ喫茶で初のリーダーライブを開催。ピアノトリオ編成で挑んだこのライブは、満員御礼の大盛況。メンバーはのちにプロとして活躍する実力派。少し“下駄を履かせてもらった”部分もあったかもしれないが、間違いなくプロとしての第一歩となった一夜だった。 その後、昭和音大には特待生として入学。順風満帆に見えつつも、何度も「音楽をやめようか」と思うほどの苦しい時期を経験する。だが、そのたびに乗り越えてきた彼女は、今や第一線で堂々たる活躍を見せている。大阪ザ・シンフォニーホールでのストリングスとの共演や、ウィントン・マルサリスバンドでも活躍したベーシスト・中村健吾氏とのトリオツアーなど、ステージは年々広がっている。 そして、QAZZレーベルからはリーダー作『それから』をリリース。ここだけの話、同レーベル内でも“圧倒的売れ線”とされるほどの人気作となった。中でも表題曲など彼女のオリジナル楽曲が、多くのリスナーの心を掴んで離さない。 「私は運だけはいいんです」と謙遜するが、今こうして広がり続けるキャリアは、まぎれもなく努力と前向きさの結晶だ。YouTubeではユニークなVlogも配信し、ピアノにとどまらずボコーダーを駆使したパフォーマンスにも挑戦。ジャンルの枠を超えた活動が、今回のプロジェクトへとつながっていく。 そんな彼女でも、最初に「ソロでのアルバムを」と打診した際は、少しだけ戸惑いがあったようだ。それまでの活動は基本トリオやバンドスタイルで、ソロで1枚まるごと、しかもJ-POPを中心とした企画となると、なかなかの挑戦だったはず。それでも、「依頼が来たということは、できるってことだと思って」と前向きにとらえ、10か月間の準備期間を経て、ついに録音の日を迎えることとなった。 QAZZレーベルでは、井高寛朗さんによる『Plays the Great Japanese Songbook』がすでにリリースされており、今回はそのシリーズ第2弾(実は第3弾も予定あり)。前作がアコースティックピアノ一本で昭和~平成の名曲をカバーしたのに対し、今回はローズピアノとボコーダーを加え、よりバラエティ豊かな構成に。中でも全曲の半分がローズというのは、今の時代でもかなりレアだ。 今回の収録曲は全12曲。そのうち3曲はプロデューサーである私・石田がセレクトし、豊秀さんには残りの9曲、特に平成後期から令和のナンバーを中心に選んでもらった。プログラムは年代順に並べて構成しているが、私の選曲は「色・ホワイトブレンド」「恋とマシンガン」「未来へ」の3曲。使用楽器やアレンジもすべてお任せし、録音は二日間にわたって行われた。 1. 夏をあきらめて 1982年リリース。豊秀さんが生まれるよりもずっと前、私自身も当時はまだ9歳だった。そんな“昔の曲”をなぜ今回選んだのか。そのきっかけは、彼女がとある現場でピアノ伴奏の仕事をしていた際、偶然この曲に出会ったこと。「いい曲だな。ジャズに合いそうだな」──そんな直感から始まった。 言わずと知れたサザンオールスターズのナンバーだが、この曲を一躍有名にしたのは、実は研ナオコのカバーバージョン。私の中では、研ナオコといえば『ドリフ』でいじられていた面白いおばさんという印象が強かったが、あらためて聴くと、彼女の歌唱力の高さには舌を巻く。昭和の歌手の底力を感じさせてくれる。 この曲を、豊秀さんはあえて特別なアレンジを施さず、ややスローなテンポでじっくりと演奏している。ジャズアルバムとしては「もっと崩してもいいのでは?」と感じる人もいるかもしれない。だが、ジャズの本質は即興性だけではない。「いかに丁寧に音を届けるか」という姿勢こそ、ジャズのもう一つのアイデンティティである。 たとえば、キース・ジャレットが療養中に録音した名作『The Melody at Night, with You』。あのアルバムもまた、シンプルにメロディを奏でるだけのようでいて、極めて深く、ジャズ的な名演だった。もちろん、豊秀さんにあの円熟を求めるのは酷だろう。けれど、この若さであの境界に挑もうとするその姿勢には、大きな拍手を送りたくなる。 ■歌:サザンオールスターズ ■作詞・作曲:桑田佳祐 (1982年) 2. Hello, Goodbye 正直に言うと、私はこの曲を知らなかった(多くの人にとって「ハロー・グッバイ」と言えば柏原芳恵さんのほうかもしれない)。豊秀さんがこの大貫妙子の楽曲を選んだ理由は、「歌詞がいいから」とのこと。 大貫妙子というアーティストは、その筋では非常に評価が高いものの、いわゆる“誰もが知ってる”タイプのシンガーではない。むしろ、繊細で詩的な世界観を愛する一部の熱狂的なファンに深く刺さるタイプだ。この曲も決してメジャーな存在とは言えないが、歌詞の余韻と独特の神秘性に惹かれてのチョイス。さすがのセンスだと思う。 そして、この“言葉の世界”を表現するために彼女が選んだのが、ボコーダー。ロボ声、機械音などと呼ばれるエフェクトで、ポップス界では遊び心のあるスパイス的な使われ方が多いが、ジャズの文脈でこれを本気で扱った先駆けが、豊秀さんも敬愛するハービー・ハンコック。ただし彼ですら、1曲まるごとボコーダーで歌い切るというのはあまり例がない。そういう意味では、今回のアプローチはなかなかに攻めている。 もちろんファンとしては、「生の声も聴きたい」という思いもあるだろう。でも、このボコーダーだからこそ滲み出る質感、にじむニュアンスがある。生声がストレートに届くのとは違い、少し距離があるぶん、歌詞やサウンドにじっくり向き合える。それがこの曲の魅力をさらに際立たせているのかもしれない。 ■歌:大貫妙子 ■作詞・作曲:大貫妙子 (1984年) 3. 色・ホワイトブレンド この曲が昔から大好きだった。中学生の頃、吹奏楽部でこの曲を演奏したことがあり、しばらくメロディが頭から離れなかったのを覚えている。それくらい、印象に残るメロディだ。 「色・ホワイトブレンド」は中山美穂さんの代表曲のひとつとして知られているが、作詞・作曲は竹内まりやさん。実は竹内さんって、「いい曲だな」と思って調べると、だいたい彼女だったりする(たとえば広末涼子の「MajiでKoiする5秒前」とか、次やろう)。そんなふうに、彼女の楽曲は時代を超えて人の心に残る。 今回、この曲を豊秀さんにリクエストしたところ、なんと本人は知らなかったとのこと。でも、弾いてみたら楽しかったそうで、それを聞いてよかった。実際、ジャズの素材としても違和感がなく、軽やかにスイングして、曲そのものの力が強いのだ。 ちなみに私がこの曲をリクエストした後、中山美穂さんは不慮の事故でこの世を去った。日本中がその死を悼み、私も例外ではなかった。もちろんこれは追悼企画というわけではないけれど、結果としてこのアルバムに収録できたことを、どこかで彼女が喜んでくれていたら嬉しい。心よりご冥福をお祈りします。 ■歌:中山美穂 ■作詞・作曲:竹内まりや (1986年) 4. 恋とマシンガン この曲には、「あの時代の空気」がある。私が大学生の頃、福岡の田舎に住んでいたこともあって、バブルの華やかさやシティボーイ的な文化とは無縁だったが、それでもオザケンをはじめとする“渋谷系”にはどこか憧れていた。 「恋とマシンガン」は、そんな渋谷系を象徴する一曲――だったはずが、再び注目されたきっかけは、あろうことか“炎上”。理由はここでは割愛するが、90年代のサブカル的なノリ、ある種の露悪的なセンスが、いまの“ホワイト社会”では受け入れられなかったということだろう。オリンピック本番前の見事な炎上劇だった。 とはいえ、音楽そのものに罪はない。マイルスもコルトレーンも知らないソバージュヘアの女子大生が「ジャズってイイよね」とカフェで指さしていたのが、だいたいこのあたりの音楽だったりする。オザケンの「大人になれば」なんて、スキャットを交えていたり、渋谷毅さんがピアノ弾いてたりで、実際ジャズの香りは強い。まあ、細かいことはどうでもいい。 「恋とマシンガン」も、そのメロディや間奏にはバップの片鱗が感じられる。でも逆に、ジャズアルバムとして演奏するには、かえって難しい曲だったりする。そこで今回は、リズムを思い切って4拍子から3拍子にアレンジし、ローズピアノで「いつか王子様が」的な雰囲気をまとわせながら、丁寧に構成してもらった。豊秀さんの繊細なタッチとローズの質感が、意外なほどよくなじんでいる。 ■歌:フリッパーズ・ギター ■作詞・作曲:小山田圭吾、小沢健二 (1990年) 5. 未来へ 録音中にちょっとしたハプニングがあった。この曲を演奏している最中、ローズのペダルに不具合が生じてしまったのだ。すぐにはどうにも直せず、その場の収録は断念。後日、あらためて録音することになった。 せっかく時間を設けるなら、何か新しいアプローチを――ということで、「いっそこの曲もボコーダーでやってみては?」という流れになった。録音当日、私は立ち会えなかったが、あとから届いた音源を聴いて、納得した。 まず、曲がいい。1998年のリリースながら、今聴いてもまったく古びない。この楽曲が収録されたのは、ちょうど卒業・入学シーズンの頃。ちなみに我が家では、長男が高校、次男が中学に進学したタイミングだった。春という季節はどうにも切なくて、なぜか胸にくる。それは50を超えた今も変わらない。 豊秀さんのファンには、どうやら私と同世代の“おじさん”たちも多いようだ。ある日ライブに足を運んだとき、熱心な男性ファンが『それから』のシールを大事そうに手にしている姿を見かけた。私がこの曲に込めたのは、そんな同世代男子たちへの、ささやかな感謝と共感の気持ちでもある。 ライブで彼女の“歌声”を聴くのは難しいかもしれないが、だからこそこのアルバムでじっくり味わって、泣いてほしい。いや、泣いていい。できれば応援の意味も込めて、一枚と言わず十枚くらい買って知人に配ってほしい。そして新しいシールもゲットするのだ! ■歌:Kiroro ■作詞・作曲:玉城千春 (1998年) 6. カブトムシ この曲は、まさに「ザ・平成」。1999年リリース、aikoの代表曲であり、カラオケで何千万人が歌ったかわからない、まさに国民的ラブソングだ。 aikoというアーティストの最大の魅力は、“距離感”にあると思う。恋をテーマにしていても、ベタつかない。むしろ、ちょっと不器用で、でも真剣。そんな等身大の感情が、この「カブトムシ」にもぎゅっと詰まっている。泣くでもなく、笑うでもなく、ただ「分かるなあ」と頷いてしまう、あの感じ。 豊秀さんにとっても「まさに青春時代の1曲」だったそうで、ピアノで弾いてみたところ、コードもメロディもしっかりしていて驚いたという。ジャズアレンジするにも、違和感どころかむしろ相性がいい。甘酸っぱさとやるせなさ、その輪郭を崩さないように、むしろ少し“引き算”して、間(ま)と余韻を大切に構成した。 そして「カブトムシ」といえば、私にも思い出がある。小学生のころ、縁日で買ってもらったつがいのカブトムシ。毎日大切に世話をしていたが、秋になると寿命がやってくる。先にオスが死んでしまい、私は泣きながら母と一緒にお墓を作って埋めた。 そして数日後、メスも息を引き取った――が、そちらはしばらく放置。そのまま面倒になり、結局ベランダから投げてしまった。悲しみを乗り越えて、一歩大人に近づいた(あるいは遠ざかった)記憶だ。 そんな思い出とともに、この曲はやっぱり切ない。 ■歌:aiko ■作詞・作曲:aiko (1999年) 7.WINDING ROAD 日本を代表する実力派シンガー、絢香とコブクロによる奇跡のコラボレーション。どちらも数々のヒット曲を持つアーティストだが、声質も音楽性も決して衝突することなく、美しく溶け合い、100万ダウンロードを記録する名曲に仕上がった。 コブクロといえば、こんな話がある。私の高校の先輩が大学生の頃、大阪の天王寺だったかで、二人の男がストリートライブをやっていた。足を止めて聴いてみると、妙に耳に残るハーモニー。手書きの歌詞カードが添えられた「カセットテープ」が千円で売られていて、珍しく買ったという。 やがて時代はCDになり、ダウンロードになり、カセットの存在なんてすっかり忘れていたある日、20年ほど経って引き出しからポロンと出てきた。それが、まさしく“コブクロ”だったという。もはやファン垂涎の逸話だが、本当に才能のある人というのは、最初から光を放っているものだ。 どんな世界にも、「絶対領域」とでも呼ぶべきラインがある。努力や情熱だけではどうにも届かない、圧倒的な才能の境界線。絢香もコブクロも、そのラインをすでに超えている数少ない存在だと思う。 「WINDING ROAD」は、そういう人たちが自然と生み出す、売れて当然の一曲。豊秀さんがこの曲を選んだ理由もまた、ただ「好きだから」。ローズピアノ一本で原曲の魅力を素直に伝えながら、さりげないアドリブで軽やかに彩る。 その音に宿るのは、計算ではなく、感性と信頼。そして彼女自身もまた、あの“絶対領域”を越えてきた逸材のひとりだと、私は思っている。あとは、どこまで運を味方につけて登っていくか。そんな未来も、楽しみだ。 ■歌:絢香×コブクロ ■作詞:絢香、小渕健太郎、黒田俊介 ■作曲:小渕健太郎、黒田俊介 (2007年) 8.ブルーバード 「いきものがかりのボーカルに似てるよね」 これが褒め言葉か否か──そんな問いをネットで見かけて、あまりのデリカシーのなさに苦笑したことがある。 私のように昭和に青春を送った世代からすると、「いきものがかり」と聞くと、どこか“今っぽすぎる”というか、馴染みきれない感もある。でも、彼女の声には不思議と世代を超える力がある。爽やかで、親しみやすくて、なのに一本芯が通っていて、何より“聴いていて心地いい”。 「ブルーバード」は、あの人気漫画の主題歌としても知られ、平成を代表するアーティストとしての存在感を決定づけた曲のひとつ。 豊秀さんにとっては“ドンピシャ世代”の一曲らしいけど、調べてみるとリリース当時はまだ小学生だったはず。私はといえば、会社を辞めて独立して3年目。今思い出してもヒヤヒヤするような、人生の綱渡りをしていた頃だ。 さて、私は豊秀さんが生まれる前からジャズにどっぷり浸かってきた、いわゆる“ジャズオタク”である。ジャズの醍醐味は何かと聞かれれば、やはりアドリブに尽きる。だが、それを“よくわからない”と感じる人がいるのも事実。 今回のこのJ-POPジャズ企画には、そうした人たちにも、もっと気軽にジャズの世界に触れてもらいたいという思いがある。そういう意味で言えば、この「ブルーバード」のアレンジは、まさに“ちょうどいい”。 さて、冒頭の「似てるよね」に話を戻そう。 どのクラスにもいそうな、ごく普通の顔立ちの女子。でも歌わせたらめちゃくちゃ上手くて、実は密かに男子からモテてる──みたいなキャラ。派手じゃないけど、圧倒的に“ちょうどいい”。私は、このバランス感覚、完璧だと思っています。 ■歌:いきものがかり ■作詞・作曲:水野良樹 (2008年) 9.青春の瞬き この曲も豊秀さんのチョイスだが、実は井高さんも前作『Plays the Great Japanese Songbook』で椎名林檎の「本能」を取り上げていた。 椎名林檎という存在をひと言で表すなら「衝撃」。時代の空気を一変させるような力を持ったアーティストであり、小室哲哉、宇多田ヒカルと並んで、日本の音楽文化に“もう一段階”の進化をもたらした人物だ。 彼女の楽曲群を象徴するもののひとつが、いわゆる“丸サ進行”である。もちろん林檎本人の発明ではないが、「丸ノ内サディスティック」や「ギブス」といった代表作によって、この進行は“椎名林檎っぽさ”の代名詞のような扱いを受けるようになった。 グローヴァー・ワシントンJr.の「Just the Two of Us」に始まり、Adoの「うっせぇわ」など、今なお多くの楽曲に引用されるあたり、その影響力の強さは計り知れない。そう考えると、椎名林檎はJ-POPの“顔”のひとつであり、常に既存の枠を揺さぶるような形でシーンに衝撃を与えてきた。 豊秀さんが「一番好きなアーティスト」と公言するのも、非常によく分かる。椎名林檎の音楽は、大衆的な支持だけでなく、演奏者としての視点から見ても極めて刺激的で、魅力的なのだ。 そんな彼女の作品の中で、「青春の瞬き」はやや異色に映る。退廃的で妖艶なイメージの強い椎名林檎にしては、歌詞もメロディもどこか穏やかで、切なさがにじむような一曲。 ■歌:椎名林檎 ■作詞・作曲:椎名林檎 (2013年) 10.宿命 令和の音楽シーンに疎い私でも、「ヒゲダン」の名前くらいは聞いたことがある。 代表曲といえば「Pretender」派が多いと思うが、この「宿命」も2019年の甲子園応援ソングとして爆発的にヒットし、彼らを象徴する一曲となった。平成から令和へ──まさに時代の変わり目を刻むような名曲だ。 最初に“Official髭男dism”と聞いて「髭男爵?」と思ったのは、私だけではないはず。けれど登場したのは、髭の貫禄ではなく、素朴で誠実そうな今どきの青年たち。そのギャップもまた、ヒゲダンらしさかもしれない。 バンド名の由来は、「髭が似合う年齢になっても、ずっとこのメンバーでワクワクする音楽を続けていたい」という思いからだという。それを「ヒゲダン」と略させるあたりも抜け目ない。マーケティング的に“4文字”が定着しやすいことも、ちゃんとわかってるなと感じる。 何よりも、まず歌がうまい。そして楽曲の構成とコード進行がしっかりしていて、聴き込むほどにその作り込みに気づかされる。豊秀さんがこの曲を選んだ理由も、「構成やコードが面白いから」とのこと。ただ“好き”というだけではなく、音楽的な好奇心を刺激されたのだろう。 そして注目すべきは、本アルバムの大きな特徴である「ローズピアノ」。ローズと聞いてピンと来なくても、耳にする機会は多い。とりわけ有名なのはチック・コリアの「Spain」、また「Just the Twoof Us」やビリー・ジョエルの「素顔のままで」を思い出せば、きっとあの温かい音色が耳に浮かぶはず。 いわゆる“電子ピアノ”の一種ではあるが、ギラギラした派手さはなく、むしろアコースティックピアノ以上にメロウで包容力のあるサウンドが特徴だ。私も大好きな音色である。 「宿命」の持つ印象的なコード進行を、ローズでふわっと包み込むアレンジも見事。さらにアウトロにさりげなく差し込まれたバップフレーズが、このアルバム全体に流れる“ジャズの香り”をそっと引き締めている。 ■歌:Official髭男dism ■作詞・作曲:藤原聡 (2019年) 11.群青 ヒゲダン、Vaundy、そしてYOASOBI。この三組を並べて、「令和三羽烏」と呼んでも差し支えないのではないかと思う。もちろん、藤井風もその候補には上がるけれど、彼の音楽はどこか昭和の香りがして、私好みではあるが、いわゆる“令和っぽさ”からは少しズレている。 YOASOBIは、ヒゲダンのような地元発のバンドユニットではなく、「小説を音楽にする」というコンセプトから生まれた、いわゆる“企画もの”。ボカロPのAyaseが、音大出身で確かな実力を持つikura(幾田りら)をネットで見つけて結成されたという経緯も、いかにも令和的だ。 「群青」は、アニメ『ブルーピリオド』の主題歌としても知られていて、青春の情熱や葛藤をまっすぐ音にしたような曲。手の込んだミキシングとトラック構成で、現代的な“今っぽさ”がしっかりと演出されている。正直、ちょっと眩しすぎるくらいだ。 豊秀さんにとっても、この曲はいかにも“令和感”があり、世代的に自然と耳にしてきた曲だという。今回はピアノ一本で演奏し、原曲にはないアコースティックな温もりを引き出している。どこか懐かしさすら感じさせる響きが心地いい。 YOASOBIというユニット名は、それぞれが“昼の顔”としても活躍しながら、夜の時間にこそ本領を発揮するという、いわば“夜遊び”ユニットという意味合いが込められているらしい。けれど今回のこの演奏に関しては、むしろ原曲が“昼”なら、豊秀さんは“夜”に感じる。アコースティックピアノの静けさが、夜の中にある光のように響くのだ。 明るい夜、暗い昼、懐かしい今、これからの昔。雪が燃える、火が凍る──そんな“アンビギュアスなゾクゾク”を、ぜひこのピアノ演奏から味わってほしい。 ■歌:YOASOBI ■作詞・作曲:Ayase (2020年) 12.タイムパラドックス 今回の企画では、豊秀さんに「平成後期から令和まで」の楽曲をセレクトしてもらうよう依頼した。私が選曲すると、どうしても「昭和後期〜平成前期」に偏ってしまうので、今回は“何を選んでもOK”という、完全に任せるスタンスで。 当初、豊秀さんが選んできたのは藤井風の楽曲。私も大好きなアーティストだが、残念ながら管理団体の都合で却下に。その代わりにすぐ出てきたのが、このVaundyだった。実際、Vaundyと藤井風は感性が近いのか、あるイベントでVaundyがコロナで出演できなくなった際、代役に藤井風が手を挙げたというエピソードもあるそうだ。 「タイムパラドックス」を初めて聴いたとき、ちょっと嬉しくなった。音の感じが、自分の感性にフィットしたというのもあるが、それ以上に「映画ドラえもん」の主題歌だということ。 私にとって「ドラえもん」は、生涯を通して最も影響を受けた“作品”だ。幼少期には全巻揃え、今では愛蔵版を大人買いし、3人の子どもたちも気づけば何度も読み返している。 2025年6月現在の話だが、もはや「ドラえもん」は現実に存在している。スマホに実装されたAIが、イントネーションも間合いも、人間と変わらぬレベルで会話をこなし、東大生レベルの知識を持つとまで言われている。5年後には、おそらく人類の叡智を超えてくるだろう。 ドラえもんが誕生するのは2112年9月3日──とされているが、私は思う。この未来が、90年も前倒しで現実化しているのではないかと。「9月3日」といえば、私の“相性”である「Qさん」の日でもある。私は密かに、自分自身もドラえもんのように、“4次元ポケット”から価値や未来を取り出す存在でありたいと思っている。 時代は変わっても、本物は色褪せない。モーツァルトも、チャーリー・パーカーも、100年後に聴いてもなお“今”を感じさせてくれるだろう。QAZZという名前で始めたこの小さな企画も、私がいなくなった後もずっと、何かの形で残っていてほしい──そんな願いも、そこにはある。 「タイムパラドックス」とは、因果律の崩壊を意味する。けれど、この令和という時代は、すべてがすでにここにあって、すでにスピリチュアルな“時空の超越”が起こっているのではないか。……などと、ちょっと不思議なことを言ってみたが、とにかく、いい演奏です。じっくり、聴いてみてくださいね。 ■歌:Vaundy ■作詞・作曲:Vaundy (2024年) 1.夏をあきらめて(サザンオールスターズ) 2.Hello, Goodbye(大貫妙子) 3.色・ホワイトブレンド(中山美穂) 4.恋とマシンガン(フリッパーズ・ギター) 5.未来へ(Kiroro) 6.カブトムシ(aiko) 7.WINDING ROAD(絢香×コブクロ) 8.ブルーバード(いきものがかり) 9.青春の瞬き(椎名林檎) 10.宿命(Official髭男dism) 11.群青(YOASOBI) 12.タイムパラドックス(Vaundy) 豊秀彩華 Piano 石田久二 / 企画 録音・編集:田島克洋 Recorded at Studio TLive/2025.4.4~5 装丁:菅原沙耶

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