{{detailCtrl.mainImageIndex + 1}}/3

馬越脇崚『WINDS to SWING』(QAZZ-022)

3,080円

送料についてはこちら

好きが高じてジャズレーベルを立ち上げ、作品数も早くも20枚を超えた。しかし自分にとって音楽の原点はどこにあるのか。振り返れば、やはり「吹奏楽」にたどり着く。日本ほど吹奏楽が盛んな国もないと言われるが、「昔ブラバンやってました」という人に出会う機会は本当に多い。時代により「吹部」や「ブラス」だったりするが、僕の世代はやっぱり「ブラバン」だった。 小学校3年生の音楽の授業でリコーダーに出会った。すぐに音が鳴り、ドレミが吹ける。母からは「笛吹童子」(なんじゃそりゃ)と呼ばれるほど夢中になった。その延長で「笛っぽい楽器」がやりたくて、中学ではクラリネットを担当。そして中学3年の夏、モーツァルト《クラリネット五重奏曲 イ長調》に出会い、人生が変わった。音楽にどっぷり浸かってしまった瞬間であった(その詳細は「Timeless Stories(QAZZ-020)」のライナーにも記してある)。 以来、コンクールにも5度出場、大学、社会人と市民吹奏楽団に参加し、妻との出会いも吹奏楽がきっかけだった。そして時は流れ、自分の長男が中学でバリトンサックスを、さらに3年後には「絶対にやらない」と思っていた次男までもがホルンを手にして吹奏楽部に入った。吹奏楽は、思っていた以上に自分の人生の軸になっていたのだ。 そんな折、YouTubeで偶然目にした熱いサックス演奏、ジョン・コルトレーンの《Moment’s Notice 》、そこにピアノで参加していたのが、以前「旅立ち(QAZZ-011)」で共演した工藤舜也さんだった。直感的に「何か一緒にやろう」とメッセージを送り、さらに矢継ぎ早にこう続けた。 「FOR WINDSみたいなコンセプトで、吹奏楽やってる中高生のために、吹奏楽スタンダードを並べたアルバムを作りたい。ちょうど長男がバリサクやっているのもあって、ふと思いつきました」 この発想に火をつけたのは、共演していた馬越脇崚さんのサックスだった。ジャズの自由さと同時に、クラシックで鍛えた上品な響きが漂っていた。そこで今回、アレンジは工藤さんにお願いしつつ、アルバムの名義と選曲は馬越脇さんに託し、企画がスタート。3人のグループチャットの名前は「吹奏楽の方にジャズかっけーと思ってもらうCD」と、まさにそのコンセプトのまま進んでいった。 候補曲はたくさんあった。吹奏楽でも定番の《Spain》や《チュニジアの夜》のようなジャズスタンダードは外し、逆にマニアックすぎる曲も削り落とした結果、残ったのは9曲(うち1曲はメドレー構成で実質10曲)。《オーメンズ・オブ・ラブ》や《宝島》などの鉄板曲に加え、比較的最近の《さくらのうた》まで、世代を超えて親しめるラインナップが整った。 実は僕が大学や社会人で吹奏楽に関わっていた頃、意外と「正統なクラシックやジャズ」に触れたことがない人が多いのに驚いた。モーツァルトの管楽器作品はおろか、マイルス・デイヴィスの名前さえ知らない人もいた。日本の吹奏楽文化はコンクール中心で、オリジナルや本流に触れる余裕がなかったのかもしれない。だからこそ今回のアルバムは、吹奏楽からジャズへ、音楽そのものへの扉を開く一枚にしたかったわけだ。 選曲は「吹奏楽人なら誰もが知っている」曲ばかり。そこにアドリブ、4ビート、循環進行、モード、バラードも織り込まれ、素材こそ吹奏楽だが中身はしっかりジャズという、まずは僕好みのアルバムになったと思う。さらに2曲にヴァイオリンを加え、枠を飛び越える仕掛けも盛り込んだ。 タイトルの「WINDS to SWING」には文字通り「ウインズからスウィングへ」と、吹奏楽とジャズの架け橋となる願いを込めた。それでは曲の解説といこう。 1.オーメンズ・オブ・ラブ 僕自身も大学や社会人の吹奏楽団で、この曲と《宝島》は何度も演奏してきた。やはり定番なので、どちらか一方に絞るか迷っていたところ、工藤さんから「両方入れましょう」との提案があり、今回の収録に至った。アレンジは原曲のイメージをほとんど崩さず、シンプルにまとめているため、この段階ではまだ「ジャズ・アルバム」らしくは聴こえないかもしれない。しかし、オープニングナンバーとしては申し分ない華やかさを放っている。 馬越脇さんのアルトはメタリックにならず、音色そのものが「吹奏楽」しているのも、この楽曲に対するオマージュなんだろう。まさにお手本のような演奏だ。 ちなみに本曲には歌詞が付けられ、《ウインク・キラー》というタイトルで小泉今日子と野村宏伸が歌っていたことはあまり知られていない。アイドルが歌えるほどキャッチーなメロディであることは、この曲が世代を超えて愛されてきた証拠だろう。 2.歌劇《カヴァレリア・ルスティカーナ》より間奏曲(ピエトロ・マスカーニ) 同名の小説・戯曲をもとにしたオペラの間奏曲として広く知られ、吹奏楽や管弦楽の演奏会でも単独で取り上げられる機会が多い。メロディはゆったりと美しいが、吹奏楽でクラリネットを担当していた当時は、高音域が延々と続くため、やや苦しかった思い出もある。 それでも旋律の美しさは普遍的。工藤さんのアレンジはその魅力を損なわず、トランペットを加えてシックなジャズ・ワルツに仕立ててくれた。アドリブはサックス、トランペット、ピアノ、ベースがバランスよく受け持ち、ドラムとベースはあくまで3拍子を堅実に支える。気取らず、しかし確実にジャズしている演奏で、「吹奏楽を題材としたジャズ・アルバム」という本作のコンセプトを体現した一曲となった。 3.ディスコキッド(東海林修) 1977年の第25回全日本吹奏楽コンクール課題曲として生まれた作品。今もなお多くのバンドで演奏される、まさに吹奏楽の古典的名曲である。ポップス色が強く、ブルーノートを取り入れたクラリネット・ソロなど、ユニークな要素が満載で、その“トリッキーさ”こそが長年愛される理由かもしれない。 近年では、このクラリネットソロを長く取り、ジャズ奏者が存分にアドリブする形や、フルートやトロンボーンなど他の楽器に振り分けるスタイル、さらには複数人で分担するなど、多彩な解釈が生まれている。 今回のアレンジも原曲の楽しさをそのままに、アドリブのバトンがドラムからベース、ピアノ、トランペットへと受け継がれ、最後はサックスのリードでテーマに戻る構成。転調後もジャズ的な響きを残しつつ、吹奏楽の“あの時代”を思い起こさせる。特にドラムの軽快さが全体を支配し、作品をより瑞々しく彩っている。 4.歌劇《イーゴリ公》よりダッタン人の踊り(アレクサンドル・ボロディン) 《カヴァレリア》同様、原曲はオペラであり、管弦楽・吹奏楽ともに演奏会の定番。吹奏楽コンクールでも自由曲として頻繁に登場する。オリジナルではオーボエが奏でる主旋律を、ここではソプラノサックスに持ち替え、伸びやかに吹き上げる。 冒頭のピアノは切なく、作品本来のロマンティックさを引き出す一方で、リズムはヒップホップ的にアレンジ。街角で流れていたら思わず足を止めてしまうような新鮮さだ。サックスとピアノのアドリブも本格的にジャズしており、クラシックの名曲を現代のジャズに翻訳した、本アルバムのコンセプトにピッタリな仕上がりとなった。 吹奏楽をやっている時、仲間が言っていた。 「吹奏楽は最強だ!クラシックもジャズもポップスも演歌もなんでもできる!」 ひねくれた僕は「中途半端だ」と言い返したが、今なら彼の思いもよくわかる。いい音を楽しむのにスタイルなど関係ない。そこからいろんな音楽に触れていけばいいのだから。その意味でも、このアルバムから本格的なジャズに興味を持ってくれる人がいたら嬉しい。 5.リバーダンス(ビル・ウィーラン) アイルランドがイギリスの支配下にあった時代、伝統文化の継承を禁じられた人々は、窓から覗かれてもわからないように上半身をほとんど動かさず、足さばきだけで舞う独特のスタイルを編み出した。これが、今日に伝わるアイリッシュダンスの起源だといわれている。 アイリッシュ音楽は、八分音符を細かく刻む軽快なダンス曲と、「エア」と呼ばれる抒情的なバラードに大別される。いずれも漂う哀愁が大きな特徴であり、日本でも2000年前後に舞台作品《リバーダンス》がブームを巻き起こし、吹奏楽でも盛んに取り上げられるようになった。 この曲の長大な旋律を一息で吹き上げるのは至難の業で、実際にジャズの素材として扱われることはほとんどない。冒頭は芹澤さんの美しいアルコに始まり、ドラムとサックスで主旋律を奏でる。ピアノのコンピングが入ったあたりから、ちょっとジャズの色が出てきて、アドリブに突入すると、それはマイルス・デイヴィス《So What》と同じモード進行であることがわかる。 ドラムソロを挟み、サックスが再びもう一つのテーマを奏でる。吹奏楽なら大いに盛り上がるところで、僕も演奏したことがあるが、吹いててとても楽しかったのを覚えている。ソロで吹き切る馬越脇さんは大変だったかもしれないが。 6.ティコ・ティコ~マツケンサンバⅡ (ゼキーニャ・ジ・アブレウ/宮川彬良) 《ティコ・ティコ》は吹奏楽でもおなじみの定番曲だが、そのルーツは「ショーロ」と呼ばれる、サンバ以前からあるブラジルの伝統音楽にある。今回はその流れで、「サンバつながり」という名目で《マツケンサンバ》をメドレーにした。だが実際には、この曲こそ「めちゃくちゃの代名詞」とも言える存在だ。 歌詞には「叩けボンゴ」とあるが、ボンゴはサルサの楽器でサンバとは無縁。掛け声の「オラ」も実はフラメンコ由来。そして演者は金ピカの着物に時代劇のかつらをまとい、無関係な踊りを繰り広げる。それでもなお日本で大ヒットを記録した。「マツケンサンバ」と言えば、ほとんどの場合「Ⅱ」のことを指す。 工藤さんはこの「悪ノリ」を逆手に取り、「何をしても楽しいのがこの曲の名曲たる所以」という精神をしっかり理解してアレンジ。結果、本アルバムを代表する名演が生まれた。サックス・カルテットにトランペット、さらに吹奏楽では珍しいヴァイオリンも加わった豪華布陣。 リズムはサンバではなく、あえてトリニダード・トバゴ発祥のソカ(Soca)に。ジャズマンたちのソロも見事だが、何より宮本さんのドラムがとにかく楽しい。ちなみに宮本さんは「ブータン」という愛称で呼ばれることもあり、その由来は「ブータン国王に顔が似ている」と言われたからだという。こちらもめちゃくちゃだが、やはりそれがいい。 7.さくらのうた(福田洋介) 全日本吹奏楽コンクールの課題曲は、その後も社会人バンドの定番として繰り返し取り上げられることが多い。たとえば《ディスコ・キッド》(1977年)、《コンサートマーチ「テイク・オフ」》(1986年)、《風紋》(1987年)、《行進曲「K点を超えて」》(1999年)など、マーチから現代音楽風まで幅広いレパートリーが、世代を超えて愛され続けている。 それらが名曲であることは言うまでもないが、もう一つの理由はシンプルで、「自分たちの青春を思い出したいから」という点に尽きるだろう。課題曲には、その時代ごとの記憶と感情が刻まれており、再び演奏することで、当時の熱気や仲間との時間が鮮やかに蘇るのである。 今回取り上げた《さくらのうた》(2012年)もまた、多くの吹奏楽人にとって忘れがたい一曲だ。作曲者の福田洋介さんは、今や日本を代表する作編曲家として幅広く活躍し、SNSやメディアを通じた発信も積極的に行っている。楽曲も数多くの編曲・編成で演奏されてきたが、今回のアルバムではサックスとピアノによる二重奏として新たに用意された。 馬越脇さんのクラシック奏者としての力量と、工藤さんのリリカルな一面を存分に味わうことができるだろう。 8.ボイジャー(角田季子) クラシック、ジャズ、ポップスなどあらゆる名曲を見事なアレンジで吹奏楽に蘇らせた「ニュー・ サウンズ・イン・ブラス」シリーズ。その恩恵を受けた吹奏楽人は多いだろう。《ボイジャー》も 1984年に同シリーズから出版され、当時のプレイヤーにとっては馴染み深い一曲である。もとも とは作曲者・角田季子によるエレクトーン演奏で知られるようになった作品だ。 もうひとつ、意外によく知られている事実として、この曲はかつての高校野球の名門校の応援曲でもあった。往年の甲子園ファンの中には、そのメロディを球場のスタンドで耳にした記憶が残っている人も少なくないだろう。もっとも、ジャズで演奏される事例を僕は知らないし、録音はもちろんライブで出会える機会もまずないだろう。 今回、この曲をリクエストしたのは、実は僕がその「高校野球の名門校」の出身であるからだと、実に個人的な理由によるものだ。アルプス席で吹いた思い出もある。応援曲になっているのはトランペットのテーマ部分であるが、僕は4ビートに乗って続くサックスのメロディがとても好きだ。 今回のアレンジでは、サックスとトランペットがテーマを奏でた後、アドリブは「循環コード(I Got Rhythm進行)」に基づいて展開される。馬越脇さんの2コーラスに及ぶソロは、まさにモダンジャズの教科書さながら。ビバップ・ラインから《Oleo》の引用まで飛び出し、ジャズファンの耳を楽しませる。続く佐々木鴻さんのソロもリラックスした好演。 9.宝島(和泉宏隆) 《オーメンズ・オブ・ラブ》と同様、和泉宏隆さんによる名曲であり、T-SQUAREのジャズ・フュージョンの代表作として、そして吹奏楽の定番曲として、今も全国各地で演奏され続けている。個人的には、藤井風さんが吹奏楽版をもとに披露したピアノ演奏も印象に残っている。 同じ作曲者、同じバンドの楽曲をアルバムに並べた意図には、故・和泉宏隆さんへの敬意が込められているが、同時に、工藤さんの「まったく違うバージョンで届けたい」という熱い想いも反映されている。 今回はヴァイオリンを加え、サックス、ピアノと三重奏を形成。大胆にジャズ・ワルツへとアレンジすることで、吹奏楽人には馴染み深い楽曲が、まったく新しい表情をまとって甦った。 こうして並べてみると、世代を超えて親しまれてきた吹奏楽の定番曲を、多彩なアレンジでお届けすることができ、同時に、一枚の「ジャズ・アルバム」としても十分に聴き応えのある内容になったと感じている。 QAZZというジャズレーベルは、もともと「大手や個人では思いつきもしない、あるいは踏み込めない企画」にあえて挑戦するという野望を掲げてきた。その意味で、「WINDS to SWING」はまさに当レーベルの性格を体現する作品となったのではないだろうか。 そして何より、吹奏楽を愛する馬越脇さんをはじめ、僕よりも一世代若い音楽家たちが、この企画を見事に「突き刺さる」アルバムへと昇華してくれたことに、心からの感謝と敬意を表したい。 最後に、このアルバムを手にしてくださったあなたへ。かつて吹奏楽を経験された方には懐かしく、初めて聴く方には新鮮に響く一枚だと思う。もしこの音楽が、あなたの過去と現在をつなぎ、そして未来へと広がっていくきっかけになれば、これ以上の喜びはない。 1. オーメンズ・オブ・ラブ(和泉宏隆) 2. 歌劇《カヴァレリア・ルスティカーナ》より間奏曲(ピエトロ・マスカーニ) 3. ディスコ・キッド(東海林修) 4. 歌劇《イーゴリ公》よりダッタン人の踊り(アレクサンドル・ボロディン) 5. リバーダンス(ビル・ウィーラン) 6. ティコ・ティコ~マツケンサンバⅡ(ゼキーニャ・ジ・アブレウ/宮川彬良) 7. さくらのうた(福田洋介) 8. ボイジャー(角田季子) 9 . 宝島(和泉宏隆) 馬越脇崚 / サックス 工藤舜也 / ピアノ 芹澤薫樹 / ベース(1~6,8)
 宮本知聡 / ドラムス(1~6,8) 佐々木鴻 / トランペット(2,3,6,8) 渡部雅子 / ヴァイオリン(6,9) 企画:石田久二 録音・編集:吉川昭仁
 デザイン:菅原沙耶 Recorded at
STUDIO Dedé / 2025年6月20日

セール中のアイテム