






轟かおりさんとは妙な縁があると思っている。僕がまだサラリーマンだった20年ほど前、福岡市内のとあるライブハウスで隣に座っていた。音楽に没頭し、やけにノリの良い方と思っていたが、休憩後にライブの出演者から前に呼ばれ1曲飛び入りで歌ったことで記憶に残っていた。
ちょうどその頃、かねてからファンであったクラリネットの谷口英治さんのライブを福岡で聴きたいと思い、本人にメールを送ったことがあった。すぐに返信をいただき、元々福岡(北九州)の出身であった谷口さんのライブは地元メンバーを従えすぐに実現した。その幾度目かのライブで司会をしていたのが轟さん。
割と最近のことだが、知人が多く出演するライブに顔を出すと、そこでも司会は轟さんだった。さらにその直後だったか、知人がカンボジアで音楽活動をすることに支援をしたのだが、そのメンバーに轟さんがいて、そこでようやくとご紹介、対面。
2023年10月、大阪のザ・シンフォニーホールでQAZZ主催のジャズコンサートを開催したのだが、カンボジアの流れで司会をお願いし、さらに2曲を歌っていただくことに。さらにその年末、僕が主催するとあるパーティにも来ていただき、その場で曲が決まるような無茶振りにも応えていただいた。
実は今回のアルバム、今ざっと紹介した轟さんと僕とのご縁にちなんだ曲が並んでいる。メンバーは20年来の朋友でありファーストアルバムをデュオで収録したギターの石川雄一さん。九州ではすでに重鎮、内外から常にファーストコールのかかるベースの松下一弘さん。そしてドラムはザ・シンフォニーホールで初共演したベテランの長谷川清司さん、サックスとフルートには同じくシンフォニーホールのご縁から宮崎達也さん。
いろんなご縁で意気投合しアルバムの作成が決まったが、いざレコーディングの時期になるとまさかの事態が。これまで健康優良児で過ごしてきた轟さん、突然の入院。ライブなどもキャンセルし、レコーディングも危ぶまれたが、なんとか6月に東京で6曲を収録。さらに残り3曲を福岡で録音する前にもちょっと体調を崩し、再び危ぶまれるも、どうにかこうにか9月に福岡メンバー3人で無事に収録。結果、コンディション的にもタイミング的にも最高のレコーディングとなったが、あまりに波乱に満ちた2024年であり、アルバム制作となったのである。
「このアルバムは轟、歌手生活の集大成。レコーディングの直前にまさかの病気と入院。2度のレコーディングの合間にも治療が重なり、それでも皆さんのおかげで奇跡的に録音が終わり、トンネルを抜けた心境。今はただ生きて歌っていることに素直に感謝の気持ち。難しいことはできない。ストレートに自分を表現するだけ。これまで病気知らずでいたけど、人生において深い学びがあった。病気になる前の昨年だったら、人から認められたいなんて思いが勝っていたかもしれないけど、今はただありのまま。レコーディングのためにも頑張れた」
轟さんが本格的に音楽活動を開始したのは比較的遅くて30代前半くらい。ちょうど僕がライブで見かけた辺りだったかと。クリーニング店の娘として生まれ育ち、成人後はインテリア販売の仕事をしていたが、ある日、どうしても歌が好きだと気がついた。それからは人生を歌に捧げ、たゆまぬ努力でプロとなり、同年代はすでにベテランの域だが、気持ちはまだまだ若手。
でももし、20歳で歌手を目指していたら、5年くらいで辞めていたと思う、とのこと。ジャズに限らず音楽の表現者はその「音」に人生がすべて現れる。とりわけボーカルは「声」が楽器だけに、生身の自分がそのまま伝わってしまう。轟さんにとって、本当にすべてが必然だったのであろう。
正直、僕にとってもこのアルバムは特別な思いがある。20年前、今よりもっと人生に悩んでいたサラリーマン時代、同じくして歌手を目指したばかりの轟さんと同じ空間にいたこと。僕は谷口さんのライブ(轟さんが司会)の3か月後には会社を辞めてしまい、いろいろあって今に至る。
ジャズ好きが高じ過ぎてレーベルを立ち上げ、大きなイベントなども仕掛けるようになり、このタイミングで轟さんとの邂逅。この1~2年だけでも様々なことが思い出され、アルバムを聴きながら目を瞑ると、この20年、そして轟さんとお会いしてからの月日がカラフルに蘇り、涙が頬を伝わることも。
本当にすべてが最高のアルバムになったと思う。第二弾以降も考えているので、今後も引き続きご一緒できればと願っています。まずは現時点での集大成をどうぞ。
1.The Man I Love
選曲は僕と轟さんとである程度は決めたが、曲順は轟さんとメンバーにお任せした。ザ・シンフォニーホールで、最初は司会をお願いしていたのだが、カンボジアで聴いた轟さんの歌声があまりにも素晴らしく、その場で歌の方もお願いした次第。
シンフォニーホールではCharlie Parker、Benny Goodman、George Gershwinに捧げるプログラムを組んだのだが、轟さんにはGoodmanのところで2曲。The Man I loveは大スタンダードながら、実はそれまでライブでは歌ったことがなかったとのこと。本番に向けてレジェンドをたくさん聴いたけど、アプローチもさまざま。
まだ見ぬ人に想いを寄せて夢想している、そんな気持ちを表現したいと思ったが、主人公はどうやら若い女性。自分の年齢だとキャッキャした感じにはならないけど、夢や想いはまだまだこれから。素直な切なさを歌ってみたい。
ギターとサックスによるメロウなイントロからゆっくり歌い上げるバラード。サックスのオブリガードも甘く切ない。朋友である石川さんのギターソロが静かに寄り添う。エンディングは大きく、アルバムのオープニングさながらな始まり感が構成上も実に良い。
2.Avalon
同じくシンフォニーホールのGoodmanプログラムから。こちらも轟さんにとっては初めての曲であった。映画『ベニーグッドマン物語』で旅先のレストランでLionel Hamptonと邂逅、演奏するシーンはまさに白眉。アップテンポのイメージが強いが、実はもっとゆったりした曲想で、ボーカルとなるとなおさら。
しかし本番でも、レコーディングでもGoodmanにならってアップテンポで歌い上げた。カルフォルニアの温かいところに早く行きたい、ちょっと駆け足な感じ。老練なまでの長谷川さんのドラミングがアップテンポながらも実に安定的で、対照的に宮崎さんのサックスソロはフリーキーでヤンチャな感じがとても良い。轟さんの歌声はどこまでも温かい。
3.So Many Stars
アルバムのオファーを受けた時から、真っ先のこの曲を入れたいと思ったと。Sérgio Mendesの作曲であり、邦題は「星屑のボサノバ(←さすがにこれはどうかと思うが)」と示す通り、広大なブラジルの夜空を想起させる。もうすぐ消えてしまう明け方の星、あの中に自分の夢がある。探すのを諦めない。そんな内容だが、自分自身と重なる部分がある。今は信じて頑張ろう。
スローなボサノバで、轟さんの方からフルートをご指定。ちなみに僕はこの曲を知らなかったのだが、轟さんはライブ等で何度も歌ってきたスタンダードとのこと。静かなギターと、素朴に寄り添うフルートが明け方の空に溶け込んでいる。
4.Blue Skies
ベースとギターを従えた福岡のトリオで。Irving Berlinの手によるスタンダードであるが、実は録音にあたってなかなかOKが出ず難航したとのこと。それは轟さんの気持ちの動きも関係していたのか、本来の「カラッとした青い空」「幸福の青い鳥が歌う」といった明るい世界をストレートに表現できなかった?
ここだけの話(をライナーに書くのもなんだが)、最後までOKを出さなかったのは轟さんでもなく、メンバーでもなく、エンジニアの吉川さんだったと(このような口出しは実は珍しい)。マスタリングを考えた時、どうしてもこの曲だけが浮いて(沈んで)聞こえる、エンジニアだからこその指摘であると思われるが、その実はもっと深い?
ところでアルバムタイトルが『STAR is BLUE』に着地するまでにちょっと時間がかかった。轟さんとしては選曲の中から「So Many Stars」、または「Blue Skies」で良いのではと提案があったが、どうしても決めきれなかった。11月30日、突然、ひらめいて轟さんにメッセージをした。
「アルバムタイトルですが、既存曲から取るのがどうもと考えてまして、空、青、宇宙、透明、星、炎、みたいな連想してると、シンプルにSTAR is BLUEって出てきたのですがどうでしょう?Sky is blueとも思ったのですが、なんかの歌詞にあった気もしたし。blue starよりもSTAR is BLUEの方が意味が広がりそうで。一般的に青い星は冷たそうでめちゃくちゃ熱いんで、炎もそうですよね。もちろんBluesの意味もあり。あえて冠詞もつけずにSTAR is BLUEでどうでしょう?」(改行のみ改編)
その直後、このようなご返信。
「今日、西表島に来ました!不思議なご縁で、明日、明後日とライブ2days。とてもありがたいです。今夜は新月で、星空が素晴らしく、こちらに呼んでくださった方の案内で、だだっ広い場所で寝転んで星を見てきたところです。本当に綺麗でした!!ちょうどシリウスが昇ってきて、いつもより青く輝いていると仰ってて、とても印象に残ったんです。そこに久さんから『STAR isBLUE』という提案!なんか、びっくりしました!”冷たそうでめちゃくちゃ熱い”いいですね!素敵なタイトル、ありがとうございます!よろしくお願い致します。」(改行及び絵文字を改編)
吉川さんから最終的にOKが出たのを合図に、文字通り「幸福の青い鳥」に導かれたのかもしれない。
5.Overjoyed
こちらも福岡のトリオで。Stevie Wonderには名曲がたくさんあるが、メジャーなところから数えるとOverjoyedは必ずしもトップじゃないかもしれない。だけど、ライブなんかでイントロが流れた瞬間、お客さんの目がパッと輝くことがよくある、とのこと。実に良い曲。
「喜びあふれて」と邦題がつくこともあるが、内容は決して明るいものじゃない。どちらかと言うと失恋ソングであるが、この主人公があまりに理想を求めすぎるがゆえ、現実とのギャップに苦しんでしまう。それでも理想通りになればどれほどOverjoyedだろうかと夢想する、ちょっといじましい内容。トリオでしっとりと。だが後半に向けての盛り上がりが切なさに輪をかける?
6.Just the Way You Are
僕主催のパーティで初めて歌った、ある意味、無茶振りな一曲。ジャズ好きの間でこの曲が有名であるのは、オリジナルにおけるPhil Woodsのソロゆえ。アルバムへの収録も僕がリクエストした以上、サックスの宮崎さんがフィーチャーされるのも自然なこと。
しかしオリジナルがサックスソロも含めあまりにも完成されているがゆえ、どのようにアレンジすれば良いか、ギターの石川さんは頭を悩ませたそうだ。試しに三拍子にしてやってみるか。グッと気分も変わる。そもそもこの歌は「素顔のままで」と題される通り、若いBilly Joelが、当時の若い恋人のために歌ったもので、年齢によってはややむず痒さもある。しかし拍子を変えた途端、グッと大人な雰囲気に?
いつだってそのままでいい。若いなら若いなりの、年齢を重ねると重ねるなりの素敵さがある。
音楽の力は素晴らしい。ちょっとアレンジを変えるだけでも、世界をしっくり整えてくれるのだから。さすが最年少の宮崎さんのソロは、前のめりに走った感じがヤングフレッシュで、とは言え実のところは40ちょっと手前なんですけどね。
7.やさしさに包まれたなら
お母様がユーミン好きで、クリーニングの配達の車内でよく流れていた。この曲を聴くと、両親の愛を受けて無邪気だった子供時代の自分に出会える。ライブでもよく歌っているそうだ。
2023年4月にカンボジアでの企画にご一緒した際、初日はコオロギ会社の従業員向け、二日目は孤児院で、三日目はプノンペンのカフェで。正直、良い設備とは言い難いカンボジアのピアノ(二日目はピアニカ)とドラムだけのシンプルな編成は、ボーカリストにとってもやり難かったかと思う。しかし二日目のピアニカとバケツドラムをバックにこれを歌う轟さんを見て、「シンフォニーホールでは司会だけじゃなく歌ってもらおう、アルバムを作るならこの曲を入れよう」と決めたのだった。
冒頭の、サンバの原点かのような長谷川さんのドラムは、まさにカンボジアのあの日の情景、土の香りさえ漂ってくる。そこに、ギターによる打楽器のようなハーモニクスが加わり、朴訥と歌い始める。「カーテンを開いて」からベースとギターのコードが加わり、サックスが色を添える。
轟さんは、フェイクを効かしたいわゆるジャズ的な唱法ではなく、カラオケか鼻歌のような軽いタッチで終始歌いきる。歌が身体に染み付いているのだろう。そんな素朴な歌声を4人の男たちがしっかり支え、深みと温かみを演出している。
8.If You Never Fall in Love Me
ベーシストのSam JonesがCannonball Adderleyのバンド在籍時に書いた曲で、原題のDel Sasserとして有名。いかにもハードバップなこの曲、Carmen McRaeによって歌物として認知されるようになったが、さらに定番化したのは1990年生まれのピアニストEmmet Cohenと共演した、さらに若いSamara Joyとのことだ。EmmetもSamaraもYouTubeをフル活用する同時代のミュージシャンであるが、1950年代の良き時代のジャズをストレートに演じる注目株。
「私のことを愛してくれないなら、他の誰も愛さないで」って片思いな内容だが、詞を書いたのは誰だろう。Donald Wolfという謎の人物がクレジットされているが、Carmen McRaeという説もある。ちなみにDel SasserとはSam Jonesの知人女性の名前って説があるが定かじゃない。
いろいろ謎であるが、定番のキメと長いエンディングがいかにもジャズで、もちろん轟さんもそれを踏襲。個人的な趣味であるが、この手の終わりそうでなかなか終わらないアウトロが好みで、最後のテーマ終わりに轟さんのスキャットが入った瞬間、ニンマリとしたものだ。それぞれのソロも素敵。
なお、アルバムにリクエストしたのは僕だが、きっかけは年末のパーティで歌っていたから。Cannonball Adderleyのアルバムで聴いたことはあったが、ボーカルとしては初めてで、そこからこの曲が大好きになったんだ。
9.What the World Needs Now is Love
最後は福岡のトリオで。あえて直訳すると「世界が今必要としているものは愛」となるが、作曲のBurt Bacharachのお抱え歌手さながらのDionne Warwickは、この曲をオファーされた時、「説教くさい」と断ったそうだ。
轟さんは30代の初め、まさに歌手人生がスタートした頃、先輩の結婚式で歌ったそうだが、その歌詞のあまりの綺麗事にどうも共感できなかったと。その辺はDionne Warwickが断った動機にも通じているのかもしれないが、年齢を重ねた今ならわかる気もするとのこと。実際、この曲が書かれた1960年代というのは、ベトナム戦争、公民権運動、冷戦などが背景にあり、平和と愛の価値を訴える曲として多分に政治色も強かった。しかしあれから半世紀以上たった今もなお、ロシア・ウクライナ戦争などの現状もあり、そのメッセージ性は残念ながら色あせない。録音日は奇しくも9月11日だった。
ストレートに愛。愛だけで飯は食えないと人は言うが、同時に「愛だからこそ飯が食える」なんて考えたりも。僕も今ならわかる気がする。
最後に。このライナーを書きながら、改めて何度も何度も隅々まで聴き直した。カンボジア、シンフォニーホール、年末イベントでの光景がありありと蘇るとともに、この20年間の僕自身の歩みまでをも振り返る時間となった。轟さんにとっても福岡を中心に確実にキャリアを積み重ね、その集大成が完成したこともまた導きであろうが、突然の治療生活が重なったことも、新たな歌手生活に向けての大いなるステップの一つであったと思う。スタンダードからポップスまで耳馴染みの良い曲目が並ぶが、それもまた轟さんの人柄が現れているようで、多くの人にとって安らぎを与える友になるであろう。
このアルバムはこれまで何度もご一緒してきた福岡の二人と、シンフォニーホールで一度舞台に立っただけの東京の二人が融合している。石川さんはデビュー当時から二人三脚の仲間。松下さんも何度も共演しており、ちなみにQAZZからもリーダーアルバム『take there』をリリースしている(ピアノはカンボジア等すべてのイベントにご一緒した阿部篤志さん)。
ドラムの長谷川さんはシンフォニーの打ち上げの席で、轟さんとすごく意気投合されてるように見えたので、僕の方からオファーをさせていただいた。サックスの宮崎さんは本アルバムのデザイナーである菅原さんとは高校時代の同級生だったりする。音楽的必然性は特にないように見えながらも、出来上がった作品を聴くと、やっぱり神様から導きだったんと深く頷いてしまうのだ。
(石田久二)
1.The Man I Love(作詞:Ira Gershiwn / 作曲:George Gershiwn)
2.Avalon(作詞:Al Jolson&B.G.Desylva / 作曲:Vincent Rose)
3.So Many Stars(作詞:Alan Bergman / 作曲:Sérgio Mendes)
4.Blue Skies(作詞/作曲:Irving Berlin)
5.Overjoyed(作詞/作曲:Stevie Wonder)
6.Just the Way You Are (作詞/作曲:Billy Joel)
7.やさしさに包まれたなら(作詞/作曲:荒井由実)
8.If You Never Fall in Love Me(作詞:Donald Wolf,Carmen McRae / 作曲:Sam Jones)
9.What the World Needs Now is Love(作詞:Harold David / 作曲:Burt Bacharach)
轟かおり / Vocal
石川雄一 / Guitar,Arrangement
松下一弘 / Bass
宮崎達也 / Saxophone,Flute(1,2,3,6,7,8)
長谷川清司 / Drums(1,2,3,6,7,8)
(Drum:TAMA drum / Stick:長谷川清司モデル)
石田久二 / 企画
監督:杉山正明
録音:吉川昭仁、鈴木龍斗
編集:吉川昭仁
写真:平間久美子
装丁:菅原沙耶
Recorded at
STUDIO Dede/2024.6.19
One Nine Sound Produce/2024.9.11