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水野修平『Shuhei Mizuno Trio with Strings』(QAZZ-026)

3,300円

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1991年のことは、よく覚えている。高校を卒業し、浪人生として予備校に通っていたあの頃、ふらりと立ち寄ったレコード店で、それまで親しんでいたクラシックの棚を素通りし、何気なくジャズのコーナーに目をやった。すると、どこかで見覚えのあるような、かっこいい青のジャケットが目に飛び込んできた。気づけばレジに。それがソニー・ロリンズの『SAXOPHONE COLOSSUS』であった。 一枚のアルバムが、すべてを変えた。その衝撃からどっぷりとジャズにのめり込み、あれから35年が経つ。今回のアルバムで縁を繋いでくれた山崎隼さんが生まれる、ちょうど10年前のことだ。もし手に取ったのがサキコロでなかったら、もしかしたら自分はまったく違う人生を歩んでいたかもしれない、とふと思うことがある。 その1991年は、マイルス・デイヴィスとスタン・ゲッツがこの世を去った年でもあった。前年にはデクスター・ゴードンとアート・ブレイキーも相次いで逝き、ジャズ界がひとつの大きな転換点を迎えていることは肌で感じられた。 一方、当時のジャズ・ジャーナリズムは、特に日本において、再びの盛り上がりを告げていた。ウィントン・マルサリスの登場を機に、ライトなフュージョンか観念的なフリーかという迷走から抜け出し、ジャズが一斉に伝統へと立ち返る瞬間を迎えていたのだ。 大学入学後、ネットもなくCDが全盛だったその時代、私は毎月一度、福岡県田川市から原付バイクを走らせ、小倉の中古レコード店へと向かうのが習慣になっていた。月に二冊のジャズ誌は欠かさず買い求め、貪るように読み込んだ。音としてはラジオが最大の情報源となっていた。 そんな日々の中で、雑誌にもラジオにも繰り返し登場するようになったのが「日本ジャズ維新」という言葉だった。なかでも際立った存在が、和製ブラウン&ローチ・クインテットとも称された「原朋直&大坂昌彦」のバンドであり、NHKのジャズ番組からは「ピアノ!水野修平!」という熱のこもったコールが何度も流れてきたものだ。 そして今回、QAZZレーベルとして26枚目となる作品は、その水野さんのリーダー作となった。きっかけは、先に触れた山崎さんだ。彼とは豊秀彩華『それから』のご縁で、大阪・シンフォニーホールでのコンサートなど、顔を合わせる機会が自然と増えていた。山崎さんが同郷の水野さんのトリオでドラムを叩いていると知り、彼を介してオファーするに至った。 水野さんのCDはソロアルバムや参加作品を数枚所有していたが、意外にもトリオでの録音はほとんど見当たらない。そこで当初はオーソドックスなピアノトリオを想定していたのだが、ふと「ストリングスを加えたら面白いかもしれない」というアイデアが浮かび、提案してみた。それが見事に形となったのが、本作である。 元々私はジャズの中でもとりわけビバップが好きで、水野さんはまさにジャズの王道に根差したピアニストである。その水野さんのアルバムを手がけることは、個人的にも、レーベルとしても、胸に熱いものがある。 水野さんはピアニストであると同時に、作編曲家としてのアイデンティティも強いという。当初は9曲前後のボリュームで、トリオとストリングスを半々ほどで構成することを想定していた。ところがストリングスが6曲に膨らみ、さらに当日の勢いも加わって、最終的には全13曲を一枚に収める大作となった。おまけにこの13曲を朝から夜中までかけて、たった1日で録音してしまったのだ。勢いとは恐ろしい。 30年前と比べれば、売り上げやライブの本数においてジャズは勢いを失ったように見えるかもしれない。しかしそれは、ジャズに限った話ではない。インターネット、そして近年のYouTubeやサブスクの台頭により、ラジオもテレビもオールドメディアの域に入り、音楽による収益が全体的に落ち込んでいるのは事実だ。 しかし一方で、スマホをはじめとするデバイスの多様化により、人々が音楽に触れる総量は格段に増えているというデータもある。一曲あたりの単価は下がったかもしれないが、ストリーミングなどデジタル化が進む中で、アナログレコードやカセットテープが再び注目を集めているのも事実だ。音楽そのものは、むしろ史上最高の盛り上がりを見せていると言えるのではないだろうか。 音楽を手軽に日常へ取り入れられるようになった今、ジャズもその恩恵を受けている。漫画やアニメの影響もあってか、ライブの現場もコロナ明けから割と盛況のようだ。そんな中、若い音楽ファンの間で「コンファメ」という言葉が交わされているのを知った。それはなんと、本作にも収録されたチャーリー・パーカーの「Confirmation」のことであり、いわゆるアニソンに多用されるコード進行だと言う。「涼宮ハルヒの憂鬱」が有名だ。 単調なコードを細分化し、メジャー進行の流れの中にふとマイナーコードが忍び込む、1940年代当時は既存の音楽を打ち破らんとする実験的な試みだったそのサウンドが、今や「エモい」と形容されてアニソンの代名詞になっているとは、チャーリー・パーカーが知ったら腰を抜かすのではないだろうか。 水野さんのピアノは伝統的なビバップをベースとしながらも、書かれる曲はポップでエモい。かねてより愛聴してきた『RAINBOW TOUCH』でも感じていたことだが、特にオリジナル曲のどれもが、ジャケットの「猫ちゃん」のように愛くるしい。 各曲の詳しい解説は後ほどご本人に委ねるとして、ここでは聴いた限りの印象をひと言ずつ。 オリジナルの「Pathos Remembered」は、いきなり弦楽合奏による映画音楽を思わせる情景から幕を開ける。ピアノはいつの間にかその音の中へ溶け込むように現れ、ウィズ・ストリングスの名にふさわしい幕開けとなった。 「Clark In Motion」はソニー・クラークに捧げた曲だが、水野さん自身は「クラークっぽくない」と思っているとのこと。しかし私にはしっかりクラークが聴こえる。日本人の琴線をくすぐるような、焦燥感を帯びたマイナーの泣きのフレーズが、じわりと胸に染みてくる。 「Poinsettia」はなんとブルース・ハープが登場する。そんな話は聞いていなかった、もちろん大歓迎だが、笑。50年代を彷彿とさせるリズムとストリングスの上で、ハープが洒脱なソロを展開する。 「Fukuda's Waltz」は、タイトルの通りワルツで、マイルスの「いつか王子様が」を思い出させるような出だし。ベースとピアノをユニゾンでテーマを奏で、弦楽とのインタープレイを楽しんだ後、水野さんのピアノソロは実に端正で気品がある。 水野さんのピアノはいい意味で上品であり、踊りながら聞いてほしいと言われる「Relaxin’ & Chillin’」だって、どうしてもラムゼイ・ルイスのようにはならない。実に味わい深い8ビートだ。 一曲だけ参加される上村信さんも30年前から水野さんと同じくしてよく聞いた名前で、レコーディング会場でも、気さくに話してくれた。「Starry Eyes」はパーカーの名演でも知られる「Star Eyes」の替え歌(コントラファクト)で、イントロからリズムでオマージュ。ピアノとベースのソロも、一言で、普遍的な名演。 日本の立場上やむを得ないのだろうが、「Kiev」はやはり「キエフ」と発音したい。キーウと聴くかキエフと聴くか、音楽に政治的な先入観を持ち込むのは本意ではないが、「北への強い憧れ」が創作のモチベーションになっているのなら、聴き手も素直でありたいと思う。中盤で倍テンポに転じる場面が実にスリリングで、本曲の最大の聴きどころだと感じた。 スタンダードの「Hush A Bye」には「Reiwa6-10」というサブタイトルが添えられているが、これも「替え歌的な素材」として編曲した意図によるものだという。なんとなく物悲しい哀愁を感じていたこの曲が、実はロシア民謡だとは今回初めて知った。そう意識して聴き返すと、また新鮮な味わいがある。 コール・ポーターの「Just One Of Those Things」は、ジャズになると急速調で演奏されることが多い。アート・テイタムやバド・パウエルからその風潮ができたとも言われ、今回もやはり疾走するテンポで展開する。イントロからパウエルを思わせる(All God's Chillun Got Rhythm的な)フレーズが飛び出す。その後もムードたっぷりの弦楽とのコンビネーションは抜群だ。 「Confirmation」は先に触れたように今やアニソンの定番進行として知られるが、元はど級のバップ曲である。パーカーのオリジナル曲の多くは既存のコード進行を借用したものだが、実はこの曲は完全なオリジナルだという。パッヘルベルのカノンがベースという説もあるが、コードを細分化しまくって、即興的に吹いたらこうなった的な。あるアニソン解説のYouTuberが「推進力が半端ない」と評していたが、まさにその通りだ。 水野さんのYouTubeに中山美穂をカバーしている動画があった。僕が大学生の頃にはすでに日本ジャズ界のトップを走っていたから、もっと歳上だと思っていたが、意外と同世代であった。「Behind The Eight Ball」も実際にそうなのかはわからないが、中山美穂への献呈と思って聴くと、また一段と思いも深まる。 ソロで「Evanescence」というオリジナルを。水野さんのソロは先述の『RAINBOW TOUCH』でずっと聴いてきたが、本作でも聴くことができて嬉しい。 ラストの「Blues In The Closet」は僕はスタン・ゲッツ&JJ・ジョンソンでよく聴いたものだ。釣りが鮒に始まり鮒に終わるのと同様、ジャズもブルースに始まりブルースに終わるのだが、実はQAZZレーベルでブルースを取り上げた事例がなかったように思う。クロマチックハーモニカでご機嫌に歌い上げた。いえい。 それでは以下、水野さんによる楽曲解説をどうぞ。 1. Pathos Remembered ピアノトリオアルバムかと思いきや、最初はしばらく弦楽四重奏のみで。ゆったりしたワルツ。ストリングスカルテットが厳かで素敵な響きと雰囲気を作ってくれています。哀愁とか過去の記憶、感情、みたいなイメージで書きました。聴き終わった後に心地よい疲労感とやすやぎを感じてもらえたら。 2. Clark In Motion 尊敬、敬愛するソニークラークに捧げて。その割にクラークっぽくないのは、やっぱりニュアンスまで雰囲気を出すのは至難の業であるためか。後半、20代ながらキャリア10年の天才ドラマー、山崎隼とのトレードも必聴。 3. Poinsettia アーマッド・ジャマルがスタンダード曲「ポインシアナ」で用いたリズムで演奏してます。ブルースハープでメロウかつポップな雰囲気を。通常のブルースハープより1オクターブ低い楽器を使用。音程を下げる技法のベントだけでなく、オーバードロウというテクニックも一部で使いました。 4. Fukuda's Waltz 2026年に結成10周年を迎えた「水野修平ビッグバンド」。初代からのベーシスト福田義明さんが8年前、喉頭癌の闘病中にお見舞いも兼ねて作曲しました。彼はほとんど声を失ってしまいましたが、今も精力的に活動しています。 5. Relaxin’ & Chillin' 昔のジャズミュージシャンが演奏するボサノバってなんだかハネてますよね。オスカー・ピーターソンの「イパネマの娘」とか。8ビートも然りで、リー・モーガンの「The Sidewinder」とか。そんな雰囲気にしてみました。手拍子しながら、なんだったら踊りながら聴いてもらえたら幸いです。普段は知的でクールな大塚義将のファンキーなソロも秀逸です。 6. Starry Eyes [Dedicated to StarEyes ,Nagoya] スタンダード曲「Star Eyes」のコード進行をベースとしたラテン〜スイングな曲です。名古屋の老舗ジャズクラブ「スターアイズ」と85歳のマスター岩城正邦さんに献呈。ベースは若い頃、名古屋で活動していた上村信が弾いてます。 7. Kiev ロシアウクライナ戦争が勃発した2022年初頭に書きました。反戦!平和!いう意図はなく、Kievに対する芸術的憧れから。なのでキーウでなく、キエフで。「芸術は北にある」と個人的には感じることが多いです。イントロは「キエフの鐘」、教会の屋根にあるカリヨンをイメージしたような。 8. Hush A Bye 〜 Reiwa6-10 元はロシア民謡です。メロディーを8小節ずつ1st Vl → 2nd V l →Viola と魅力的に受け継いでいき、2コーラス目はピアノとベースがユニゾンなバップリフになります。ロシアが続きますが、もちろん政治的意図はありません。 9. Just One Of Those Things 〜 Reiwa6-5 最初にテーマのメロディーを弦4がストレートかつ多声部的に演奏してます。セカンドコーラスからは細かな音符のリフをピアノ中心で。イントロ、エンディングは偉大なるピアニスト、バド・パウエルを意識しました。 10. Confirmation イントロとセカンドリフをちょっとひねってます。2005年頃に発表したソロピアノアルバムでも取り上げ今回トリオで再録音。パーカーリフは永遠の課題ですね。 11. Behind The Eight Ball  もうどうにもならない、切羽詰まった心境、状態という意味合いで。平成初期ポップスのようなスロー16ビート。小室哲哉?安室奈美恵?西野カナ?もう少しさかのぼって中森明菜?個人的には同じ歳だった亡き中山美穂に捧げたい気分。エンジニアの吉川氏いわく「フュージョンみたいなのにそう感じさせない。ポップだ」と。いや、だからミポリンなんですって。 12. Evanescence 「儚さ」をテーマとして、モーリスラベル風な響きを多声部バラードにしました。ソロピアノで。楽譜は僕のホームページから無料ダウンロードできます。 13. Blues In The Closet クロマチックハープ、ベース、ドラムという珍しいトリオ編成でブルースを。レコーディング時、最後に思いつきで録音してみました。クロマチックハープは中学生くらいから吹いてます。当時、自分の住んでる田舎の楽器屋に、しかもかなりロック寄りな店にブルースハープは置いてあれど、クロマチックハープなんて無くて取り寄せるのに苦労しました。 まだCDが流通する前の時代、レコード買うお金無いのでレンタル屋に通いジャズのレコードをレジに持っていくと、バイトのお兄さんに「渋いの聴くねぇ!ボク」と毎回言われたのが歯がゆい思い出です。 メンバーについて。今回、ドラムの山崎隼は石田久二プロデューサーのチョイスでもあるのですが、山崎とは彼が名古屋の実家で高校生生活を送っていた頃から水野のバンドのメンバーだったりした旧知の仲です。その頃から卓越した能力を有し、今後の日本のジャズシーンを代表する人物となるに違いありません。 そんな山崎に紹介してもらったのがベースの大塚義将です。会って一緒に演奏してみて驚愕しました。グルーブ感、技術面、音程、リズム、フレーズ、ハーモニー感覚、全てパーフェクト。実は日本で最も優れたベーシストなんじゃないでしょうか?! ジャケットのイラストは水野修平宅で飼っている茶トラ猫の兄弟「ふゆ&ちび」をモチーフに、イラストレーターの菅原さんに描き上げてもらいました。 そんな素晴らしいメンバーとのピアノトリオで録音出来たことを石田氏、スーパージャズストリングスの皆さん、世界的エンジニアの吉川氏はじめ多くの方々に感謝します。 (水野修平) 1.Pathos Remembered 2.Clark In Motion 3.Poinsettia 4.Fukuda’s Waltz 5.Relaxin’ & Chillin’ 6.Starry Eyes 7.Kiev 8.Hush A Bye 〜 Reiwa6-10 9.Just One Of Those Things 〜 Reiwa6-5 10.Confirmation 11.Behind The Eight Ball 12.Evanescence 13.Blues In The Closet All Songs Composition & Arrangement By Shuhei Mizuno Except [Hush A Bye] is Traditional [Just One Of Those Things] by Cole Porter [Confirmation] by Charlie Parker [Blues In The Closet] by Oscar Pettiford 水野修平 / Piano & Blues Harp(3),Chromatic Harp(13) 大塚義将 / Bass(except 6,12) 山崎隼 / Drums(except 12) 上村信 / Bass(6) Super Jazz Strings(1,3,4,8,9,11)  Maiko / 1st Violin  クラッシャー木村 / 2nd Violin  田中詩織 / Viola  平山織絵 / Cello Recording, Mixing & Mastering:吉川昭仁 Recorded at Studio Dedé / 2025.10.30 Design:菅原沙耶 Produced by 石田久二

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